戸田信子 (アナウンサー)
日本のアナウンサー (1960-2018)
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来歴
| 年表 | 経歴 |
|---|---|
| 1960年3月13日 | 岩手県二戸郡一戸町出身[5] |
| 1983年3月 | 光華女子大学(現在の京都光華大学)文学部日本文学科およびCHK名古屋アナウンススクール卒業[注 4]。血液型はB型[1] |
| 1983年4月 | 岩手放送(現在のIBC岩手放送。以下、IBC)にアナウンサーとして入社し、テレビ『ポップチャンネル』ラジオ『IBCトップ40』『ワイド145』『ジャスト・ジャズ・タイム』『爆発ワイドラジオ新鮮組』などの番組を担当[注 5]。アナウンサーとしての同期に菊池幸見がいる[注 6] |
| 1988年10月 | 東京放送(TBS)[注 7]へ出向し、テレビの報道番組『JNNニュースデスク'88・'89』のサブキャスターを担当[注 8] |
| 1989年9月 | 『JNNニュースデスク』の終了後IBCを退社し、スタッフ東京所属のフリーアナウンサーに転向[要出典] |
| 1992年4月 - 1993年3月 | テレビ朝日『ステーションEYE』メインキャスター |
| 1993年4月 - 1994年9月 | テレビ朝日『CNNデイブレイク』月 - 木曜日メインキャスター |
| 1996年4月 - 1997年3月 | かつての所属先であるIBCで『おばんDEナイト』の司会を担当[9] |
| 1997年4月 | IBCが立ち上げた夕方ワイド番組『幸見の夕刊テレビ』と自身がかつてパーソナリティを務めていた『IBCトップ40』に出演[10][11] ※前者は1998年9月まで、後者は1999年3月まで放送した |
| 上記の両番組の終了後 | 『幸見の夕刊テレビ』で共演したアメリカ人男性と結婚し、アメリカ合衆国へ渡る[注 9]。ケンタッキー州で大学講師として日本語教育に携わり[12][注 10]、夫ほか4人による共著[13]により『Beginning Japanese』(ビギング ジャパニーズ)[注 11]という日本語の教科書を上梓した[4] |
| 2018年8月4日(米国時間) | 肺がんのため死去。58歳没[2] |
著書
- 『Beginning Japanese Workbook: Your Pathway to Dynamic Language Acquisition』(2010年、Tuttle Publishing) ISBN 978-0804840576 「Nobuko Patton」名義。Michael L. Kluemper、Lisa Berkson、Nathan Pattonとの共著。