手長神社
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位置
北緯36度02分44.9秒 東経138度07分15.3秒 / 北緯36.045806度 東経138.120917度座標: 北緯36度02分44.9秒 東経138度07分15.3秒 / 北緯36.045806度 東経138.120917度
主祭神
手摩乳命
| 手長神社 | |
|---|---|
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拝殿 | |
| 所在地 | 長野県諏訪市上諏訪茶臼山9556 |
| 位置 | 北緯36度02分44.9秒 東経138度07分15.3秒 / 北緯36.045806度 東経138.120917度座標: 北緯36度02分44.9秒 東経138度07分15.3秒 / 北緯36.045806度 東経138.120917度 |
| 主祭神 | 手摩乳命 |
| 社格等 |
旧県社 別表神社 諏訪大社上社末社 |
| 創建 | 不詳 |
| 本殿の様式 | 神明造 |
| 例祭 | 9月15日 |
| 主な神事 | 相撲神事 |
| 地図 | |
手長神社(てながじんじゃ)は、長野県諏訪市上諏訪にある神社。旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社。諏訪大社上社末社。
歴史
創建の由諸は不明であるが、境内の近くには旧石器時代・古墳時代の複合遺跡である手長丘遺跡が、境内上方には茶臼山古墳群があり、周辺には古代から人が住んでいた[1]。
古くは「手長宮」・「手長大明神」と称され、諏訪大社の末社であった。
元は桑原郷[2]の総鎮守で、足摩乳命とともに祀られていた。のちに鎌倉時代に桑原郷が上桑原と下桑原に分けられたとき、下桑原に手摩乳命を祀る手長神社が作られ、上桑原の足長神社とともにそれぞれの鎮守となったとされる。
領主・武家や庶民からの崇敬が篤く、高島城の鬼門に位置することから諏訪藩家中の総鎮守とされた。現在の社殿は天明年間に立川和四郎富棟が建築したが、昭和27年(1952年)に半焼し、修理された。
境内
- 本殿
神明造。 - 参道と拝殿
拝殿は市指定文化財。
- 回廊
- 神楽殿
- 三の鳥居
摂末社
主な祭事
文化財
諏訪市指定文化財
- 拝殿(有形文化財) - 昭和59年指定
- 旧本殿(有形文化財) - 平成6年指定
