足長神社
長野県諏訪市四賀にある神社
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祭神
歴史
『諏訪史跡要項[1]』によれば、桑原地域一帯が1つの郷であった頃は足長并・手長の両神を合祭していた。のちに上桑原・下桑原に分れた時、各地域住民の鎮守産土神として足長神を上桑原、手長神を下桑原に分祭したとされる。しかし、足長神社の鎮座する地名は足長山であり、また『諏訪資料叢書集録[2]』に収録された「神長本諏方上社物忌令之事下十三所名帳」の地名と思しき箇所に手長・足長がある事など、先に地名があった所へ記紀神話の脚摩乳・手摩乳を持ち込んだ可能性もあり、合祭・分祭については不明確である。
大同年間(806年-810年)には御表衣祝有員(みそぎほうりありかず、諏訪大社上社大祝の祖)が当社を崇敬して広大な社殿を造営した。以後は諏訪大社の末社に列した。天正6年(1578年)上社造営帳には、上桑原村の造宮で建てられたとあり、天保13年(1842年)に改築されている。
文化財
諏訪市指定文化財
- 拝殿、舞屋(有形文化財) - 昭和63年指定
- 本殿(有形文化財) - 平成6年指定
