才の峠1号墳

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別名 才の峠第1号古墳
所在地 広島県庄原市川手町小坂谷(字才の峠)
位置 北緯34度50分14.30秒 東経133度0分55.50秒 / 北緯34.8373056度 東経133.0154167度 / 34.8373056; 133.0154167座標: 北緯34度50分14.30秒 東経133度0分55.50秒 / 北緯34.8373056度 東経133.0154167度 / 34.8373056; 133.0154167
才の峠1号墳

墳丘(背景に小坂谷集落)
別名 才の峠第1号古墳
所在地 広島県庄原市川手町小坂谷(字才の峠)
位置 北緯34度50分14.30秒 東経133度0分55.50秒 / 北緯34.8373056度 東経133.0154167度 / 34.8373056; 133.0154167座標: 北緯34度50分14.30秒 東経133度0分55.50秒 / 北緯34.8373056度 東経133.0154167度 / 34.8373056; 133.0154167
形状 前方後円墳
規模 墳丘長17.5m
高さ3m
埋葬施設 片袖式横穴式石室
出土品 須恵器
築造時期 6世紀
史跡 なし
地図
才の峠1号墳の位置(広島県内)
才の峠1号墳
才の峠1号墳
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1.5 km
庄原市
歴史民俗資料館
.
才の峠1号墳
古墳の位置

才の峠1号墳(さいのたおいちごうふん)は、広島県庄原市川手町にある古墳。形状は前方後円墳。史跡指定はされていない。

広島県北部、庄原盆地北側・西城川北岸の細長い谷の奥部の小尾根上(標高約290メートル)に築造された小型前方後円墳である。南南東側には小円墳の2号墳が所在する。墳丘の西側は削平されているほか、2024年令和6年)に測量調査が実施されている[1]

墳形は前方後円形で、前方部を北北東方向に向ける。墳丘外表で葺石は認められていない[1]。埋葬施設は片袖式の横穴式石室で、墳丘主軸に直交して西北西方向に開口する。玄室の平面形が正方形に近い長方形を呈する古式石室である点で、玄室上部の隅部に石を架け渡す三角隅持ち送り技法が認められる点に特色を示す。石室内では測量時に須恵器小片が採集されている[1]

築造時期は、古墳時代後期の6世紀代と推定される。広島県内における古式横穴式石室墳の1つとして注目される古墳になる。

墳丘

墳丘の規模は次の通り[1]

  • 墳丘長:17.5メートル
  • 後円部
    • 直径:推定約14メートル
    • 高さ:南側1.75メートル、東側約3メートル
  • くびれ部
    • 幅:推定約7メートル
  • 前方部
    • 幅:約7メートル
    • 高さ:東側約0.7メートル、先端側約1.2メートル

埋葬施設

石室俯瞰図
石室展開図

埋葬施設としては片袖式横穴式石室が構築されており、西北西方向に開口する。石室の規模は次の通り[1]

  • 石室全長:推定約5メートル
  • 玄室:長さ2.60メートル、幅1.85メートル(奥壁)・1.90メートル(羨道付近)
  • 羨道:幅約0.90メートル(玄門部)

玄室の奥壁は墳丘後円部の中心にあたる。羨道は埋没し、玄室は前壁が盗掘で失われて床面に撹乱土が堆積する[1]

玄室の平面形は正方形に近い長方形を呈する。玄室の奥壁は3段積み。側壁は5-6段積み。基底石(腰石)に大型石材を据えた上に小形の方形状石材を積んでおり、側壁はやや内側に持ち送る。上部の隅部では壁面間を架け渡す三角隅持ち送り技法が認められる。玄室の天井石は3枚[1]

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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