若屋南古墳

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別名 若屋9号墳
所在地 広島県三次市粟屋町若屋
位置 北緯34度45分40.20秒 東経132度48分0.63秒 / 北緯34.7611667度 東経132.8001750度 / 34.7611667; 132.8001750座標: 北緯34度45分40.20秒 東経132度48分0.63秒 / 北緯34.7611667度 東経132.8001750度 / 34.7611667; 132.8001750
若屋南古墳

墳丘(左に後円部、右に前方部)
別名 若屋9号墳
所在地 広島県三次市粟屋町若屋
位置 北緯34度45分40.20秒 東経132度48分0.63秒 / 北緯34.7611667度 東経132.8001750度 / 34.7611667; 132.8001750座標: 北緯34度45分40.20秒 東経132度48分0.63秒 / 北緯34.7611667度 東経132.8001750度 / 34.7611667; 132.8001750
形状 前方後円墳
規模 墳丘長22m
高さ3-5m(後円部)
埋葬施設 両袖式横穴式石室
出土品 滑石製紡錘車・金銅製金具片・銀環・切子玉・須恵器
築造時期 6世紀前半-中葉
史跡 なし
地図
若屋南古墳の位置(広島県内)
若屋南古墳
若屋南古墳
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750 m
.
若屋南古墳
古墳の位置

若屋南古墳(わかやみなみこふん、若屋9号墳)は、広島県三次市粟屋町にある古墳。形状は前方後円墳。史跡指定はされていない。

広島県北部、三次盆地南西の江の川西岸、若屋地区集落の後背の丘陵尾根頂部に単独で築造された小型前方後円墳である。墳丘後円部は盗掘に遭っているほか、発掘調査は実施されていない。

墳形は前方部が短小な前方後円形で、前方部を西南西方向に向ける[1]。墳丘北側には弧状の周溝が認められる[1]。埋葬施設は両袖式の横穴式石室で、南方向に開口した(現在は羨道で閉塞)。天井はドーム状(穹窿状)を呈し、広島県内では最古段階の横穴式石室として位置づけられる。石室内からは、副葬品として滑石製紡錘車・金銅製金具片・銀環・切子玉・須恵器が出土している。

築造時期は、古墳時代後期の6世紀前半-中葉(陶邑田辺編年MT15-TK10型式併行期)頃と推定される[1]。丘陵上では本古墳のほかにも前方後円墳の分布が知られ、水尻2号墳→水尻1号墳→若屋南古墳→若屋1号墳という南から北への築造順が想定される[1]。三次盆地で典型的な6世紀代の小型前方後円墳の1つであるとともに、最古段階の横穴式石室を有し、盆地内への横穴式石室の導入過程を考察するうえで注目される古墳になる[1]

墳丘

墳丘の規模は次の通り[1]

  • 墳丘長:22メートル
  • 後円部
    • 直径:17メートル
    • 高さ:3-5メートル
  • 前方部
    • 長さ:6メートル
    • 幅:8.5メートル
    • 高さ:1.2-1.7メートル

埋葬施設

石室俯瞰図
石室展開図

埋葬施設としては両袖式横穴式石室が構築されており、南方向に開口した(現在は羨道で閉塞、玄室奥壁側が開口)。石室の規模は次の通り[1]

  • 石室全長:5.8メートル
  • 玄室:現在長さ3.4メートル、幅2.2メートル、高さ2.3メートル
  • 羨道:現在長さ2.4メートル、幅0.6-0.7メートル、高さ0.7メートル

玄室の側壁は5段程度を積んで構築される。内側に強く持ち送り、ドーム状(穹窿状)の天井を形成する。羨道は幅の狭い形態である[2][1]

出土品

石室内から出土した副葬品は次の通り[3][1]

  • 滑石製紡錘車
  • 金銅製金具片
  • 銀環
  • 切子玉
  • 須恵器 - 坏身、壺、高坏。

脚注

参考文献

関連項目

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