折江忠道

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生誕 (1949-09-01) 1949年9月1日(75歳)
出身地 日本の旗 日本 東京都 新宿区 四谷
おりえ ただみち
折江 忠道
生誕 (1949-09-01) 1949年9月1日(75歳)
出身地 日本の旗 日本 東京都 新宿区 四谷
学歴 東京藝術大学大学院
ミラノ音楽院
ジャンル クラシック音楽
職業 声楽家バリトン
オペラ歌手
音楽教育者
藤原歌劇団総監督
著名使用楽器
声楽

折江 忠道(おりえ ただみち、1949年(昭和24年)9月1日 - )は、日本声楽家バリトン)、オペラ歌手、音楽教育者藤原歌劇団総監督、公益財団法人日本オペラ振興会常務理事(2020年(令和2年)6月24日現在[1])。京都市立芸術大学昭和音楽大学教授[2]

東京都新宿区四谷出身[3]。家は中華料理屋で音楽とは無縁の環境だった[4]が、幼少の頃から聖イグナチオ教会に出入りし音楽に興味を抱く。高校で合唱部に入り、男声合唱に熱中した。甘い響きが持ち味であるテノール歌手を目指し、東京藝術大学の声楽科に入学。畑中良輔に師事[3]。当初はドイツ歌曲を専攻していたが、畑中から「フランスの方が向いている」と言われフランス歌曲を専攻する[5]大学院時代に留学について畑中に相談に行くと、今度は「イタリアがいい」と勧められ、同大学大学院修了後に渡伊し、1979年(昭和54年)からミラノヴェルディ音楽院で学ぶ[5]。1981年(昭和56年)からジャンピエロ・マラスピーナの指導を受け、テノールからバリトンに転向した[5]

1982年(昭和57年)アレッサンドリア国際コンクール優勝[6]。コンクールの優勝特典によりアレッサンドリア劇場 モーツアルトドン・ジョヴァンニ』のタイトル・ロールでオペラデビュー[6]。同年ヴィオッティ国際音楽コンクール第2位。1983年(昭和58年)アレッサンドリア国際コンクールで再度優勝。以来ヨーロッパ各地の歌劇場でプッチーニラ・ボエーム』『蝶々夫人』、ヴェルディリゴレット』などの主要な役を務めた[2][6]。また、ヴェネツィアフェニーチェ劇場主催でロッシーニ『小荘厳ミサ』、フォーレレクイエム』などのコンサート、音楽祭、テレビ、ラジオに多数出演した。1992年(平成4年)にはミラノでRAI(イタリア国営放送)にてオーケストラとコンチェルトで共演[7]

藤原歌劇団の当時総監督だった五十嵐喜芳から「日本に帰ってこないか」と誘いを受け、何度か断ったが、1997年(平成9年)に帰国を決めた[8]

日本で本格的なオペラに出演したのは1988年(昭和63年)藤原歌劇団 ヴェルディ『椿姫』ジェルモンが最初[8]である。同役は持ち役の一つとしてたびたび歌っている。他、ヴェルディ『マクベスタイトル・ロール、『ドン・カルロ』ロドリーゴ、プッチーニ『トスカ』スカルピア男爵、『蝶々夫人』シャープレス、ドニゼッティランメルモールのルチア』エンリーコ、『愛の妙薬』ベルコーレ、『ドン・パスクアーレ』タイトル・ロール、ビゼーカルメン』エスカミーリョ、ロッシーニランスへの旅』トロンボノク男爵、ヴェルディ『ファルスタッフ』タイトル・ロールなどをレパートリーとし、イタリアオペラを中心に、日本を代表するプリモ・バリトンとして演奏活動をしている。

2015年(平成27年)2月、藤原歌劇団の総監督を務めていた声楽家の岡山廣幸が急逝し、その後を受け2015年4月[9]より藤原歌劇団公演監督[8]、次いで2016年(平成28年)4月に総監督に就任した。2021年(令和3年)現在、総監督の重責を務めつつ、歌手としてもステージに立ち続けている。

コンサートにおいても『第九』やNHKニューイヤーオペラコンサートなど数多く出演している[9]。リサイタルも、2018年(平成30年)5月1日には川崎市新百合21ホールにて「郡愛子と折江忠道の“非"常識コンサート-オペラから歌謡曲まで-」[10]、同年5月5日にはびわ湖ホールでソロリサイタル「歌手たちの競演 折江忠道(バリトン) -歌手生活41年 折江忠道七変化-」[11]、2019年(令和元年)9月23日には高槻現代劇場にて「三井ツヤ子&折江忠道 ノスタルジアの昼下がり-2019-」[12]、を開催するなど、現役の歌手として活動中である。

音楽教育者としても、2015年(平成27年)3月まで7年間[13]京都市立芸術大学教授[9]を務めた(2021年(令和3年)現在は名誉教授)。2015年4月7日には京都府民ホールアルティにて門下生などによる「折江忠道とゆかいな仲間たち」が開催された[13]。出演者は西村明浩、砂場拓也、田中千佳子、下林一也、畑奨、川崎慎一郎、大谷圭介、乗松恵美、渡邉寛智など[13]。現在も昭和音楽大学教授[2]として後進の指導にあたっている。著名な門下生には他に丹呉由利子[14]、村田孝高[15]、やまだちひろ[16]、大井卓也[17]、大石洋史[18]上江隼人[19]、井本孝弥、坂本晃一、小原裕之、八代孝平、中川智樹、池田真己、砂田麗央、大井卓也、北薗彩佳、土橋美幸などがいる。

受賞歴

  • 1982年 アレッサンドリア国際コンクール優勝[6][8]
  • 1982年 ヴィオッティ国際コンクール2位[6][8]
  • 1983年 アレッサンドリア国際コンクール優勝[8]
  • 1988年度 第16回ジロー・オペラ賞

オペラ出演歴(日本)

昭和音楽大学オペラ情報センターの記録による[20]

  • 1988年2月 藤原歌劇団 ヴェルディ『椿姫』ジェルモン[21]
  • 1988年3月 藤原歌劇団 ヴェルディ『椿姫』ジェルモン[22]
  • 1988年7月 藤原歌劇団 ヴェルディ『マクベス』タイトル・ロール[23]
  • 1989年2月 藤原歌劇団 ベッリーニ清教徒』リッカルド[24]
  • 1989年5月 藤原歌劇団 ヴェルディ『ドン・カルロ』ロドリーゴ[25]
  • 1990年1月 藤原歌劇団 ヴェルディ『椿姫』ジェルモン[26]
  • 1990年1月 - 2月 藤原歌劇団 プッチーニ『トスカ』スカルピア[27]
  • 1992年6月 藤原歌劇団 ビゼー『カルメン』エスカミーリョ[28]
  • 1993年11月 藤原歌劇団 ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』エンリーコ[29]
  • 1994年1月 藤原歌劇団 ヴェルディ『椿姫』ジェルモン[30]
  • 1995年2月 藤原歌劇団 ドニゼッティ『愛の妙薬』ベルコーレ[31]
  • 1997年1月 東京オペラ・プロデュース ドニゼッティ『ビバ!ラ・マンマ 肝っ玉母さん、万歳!(劇場の好不都合)』アガタ[32]
  • 1997年8月 藤原歌劇団 ドニゼッティ『愛の妙薬』ベルコーレ[33]
  • 1997年9月 藤原歌劇団 ビゼー『カルメン』エスカミーリョ[34]
  • 1998年2月 - 3月 藤原歌劇団 ヴェルディ『椿姫』ジェルモン[35]
  • 1998年3月 藤原歌劇団 ドニゼッティ『愛の妙薬』ベルコーレ[33]
  • 1999年7月 新国立劇場 プッチーニ『蝶々夫人』シャープレス[36]
  • 1999年10月 藤原歌劇団 プッチーニ『蝶々夫人』シャープレス[37]
  • 1999年12月 新国立劇場 藤原歌劇団 プッチーニ『蝶々夫人』シャープレス[38]
  • 2000年3月 藤原歌劇団 ヴェルディ『椿姫』ジェルモン[39]
  • 2000年6月 - 7月 昭和音楽大学・昭和音楽大学短期大学部・昭和音楽芸術学院 合同公演 ドニゼッティ『愛の妙薬』ベルコーレ[40]
  • 2000年7月 新国立劇場 プッチーニ『蝶々夫人』シャープレス[41]
  • 2000年7月 - 8月 藤原歌劇団 ドニゼッティ『愛の妙薬』ベルコーレ[42]
  • 2001年2月 藤原歌劇団 ヴェルディ『マクベス』タイトル・ロール[43]
  • 2001年7月 新国立劇場 プッチーニ『トスカ』スカルピア[44]
  • 2001年8月 藤原歌劇団 ドニゼッティ『愛の妙薬』ベルコーレ[45]
  • 2002年7月 新国立劇場 プッチーニ『トスカ』スカルピア[46]
  • 2002年9月 藤原歌劇団 ドニゼッティ『愛の妙薬』ベルコーレ[47]
  • 2003年7月 新国立劇場 プッチーニ『トスカ』スカルピア[48]
  • 2003年8月 藤原歌劇団 プッチーニ『蝶々夫人』シャープレス[49]
  • 2004年10月 びわ湖ホール ヴェルディ『十字軍のロンバルディア人』パガーノ[50]
  • 2005年10月 びわ湖ホール ヴェルディ『スティッフェリオ』スタンカー[51]
  • 2006年5月 藤原歌劇団 プッチーニ『トスカ』スカルピア[52]
  • 2006年9月 東成学園(昭和音楽大学) ドニゼッティ『愛の妙薬』ベルコーレ[53]
  • 2006年10月 藤原歌劇団 ロッシーニ『ランスへの旅』トロンボノク男爵[54]
  • 2007年1月 藤原歌劇団 プッチーニ『ラ・ボエーム』ベノア[55]
  • 2007年4月 昭和音楽大学 ドニゼッティ『愛の妙薬』ベルコーレ[56]
  • 2007年11月 昭和音楽大学 ドニゼッティ『ピーア・デ・トロメイ』(日本初演)ネッロ[57]
  • 2008年5月 いずみホール ロッシーニ『ランスへの旅』トロンボノク男爵[58]
  • 2008年7月 新国立劇場 ヴェルディ『椿姫』ジェルモン[59]
  • 2008年9月 愛知県文化振興事業団 ヴェルディ『ファルスタッフ』タイトル・ロール[60]
  • 2008年11月 藤原歌劇団 プッチーニ『ラ・ボエーム』ベノア[61]
  • 2009年10月 新国立劇場 アルカイックホール プッチーニ『蝶々夫人』シャープレス[62]
  • 2010年2月 藤原歌劇団 プーランクカルメル会修道女の対話』ド・ラ・フォルス公爵[63]
  • 2010年4月 いずみホール ロッシーニ『ランスへの旅』トロンボノク男爵[64]
  • 2010年10月 新国立劇場 アルカイックホール プッチーニ『蝶々夫人』シャープレス[65]
  • 2011年7月 新国立劇場 プッチーニ『蝶々夫人』シャープレス[66]
  • 2011年10月 昭和音楽大学 ヴェルディ『ファルスタッフ』タイトル・ロール[67]
  • 2013年6月 新国立劇場 香月修『夜叉ヶ池』鉱蔵[68]
  • 2014年11月 藤原歌劇団 プッチーニ『ラ・ボエーム』ベノア[69]
  • 2015年1月 藤原歌劇団 ヴェルディ『ファルスタッフ』タイトル・ロール[70]
  • 2016年1月 藤原歌劇団 プッチーニ『トスカ』スカルピア[71]
  • 2016年7月 日生劇場×びわ湖ホール×藤原歌劇団×日本センチュリー交響楽団 共同制作 ドニゼッティ『ドン・パスクワーレ』タイトル・ロール[72]
  • 207年11月 ジャン・カルロ・メノッティ『助けて、助けて、宇宙人がやってきた! 』校長先生[73]
  • 2019年1月 藤原歌劇団 ヴェルディ『椿姫』ジェルモン[74]
  • 2019年9月 藤原歌劇団 ロッシーニ『ランスへの旅』トロンボノク男爵[75]

楽界活動

  • 2015年 藤原歌劇団公演監督
  • 2016年 藤原歌劇団総監督(2020年6月24日現在)
  • 日本オペラ振興会オペラ歌手育成部部長[4]
  • 2020年度DOMISO国際声楽コンクール「第4回ヴィットーリオ・テッラノーヴァ国際声楽コンコルソ」審査員(開催中止)[76]
  • 藤原歌劇団団員

掲載記事

2018年9月3日 - 9月7日 日本経済新聞『こころの玉手箱』において「藤原歌劇団総監督 折江忠道」が5回にわたり掲載された[8][3][5][6][73]

放送

参照

外部リンク

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