摂取院 (半田市)

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位置 北緯34度53分53.3秒 東経136度55分41.7秒 / 北緯34.898139度 東経136.928250度 / 34.898139; 136.928250座標: 北緯34度53分53.3秒 東経136度55分41.7秒 / 北緯34.898139度 東経136.928250度 / 34.898139; 136.928250
山号 光明山
摂取院
所在地 愛知県半田市前崎東町44
位置 北緯34度53分53.3秒 東経136度55分41.7秒 / 北緯34.898139度 東経136.928250度 / 34.898139; 136.928250座標: 北緯34度53分53.3秒 東経136度55分41.7秒 / 北緯34.898139度 東経136.928250度 / 34.898139; 136.928250
山号 光明山
宗派 西山浄土宗
本尊 阿弥陀如来
創建年 文明4年(1472年)
札所等 四国直伝弘法24番
法然知多25番
文化財 摂取院のイブキ(県指定)
法人番号 7180005011935 ウィキデータを編集
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摂取院(せっしゅいん、攝取院)は、愛知県半田市前崎東町44にある西山浄土宗寺院[1][2]。山号は光明山[1]。本尊は阿弥陀如来[1]四国直伝弘法八十八ヶ所霊場第24番札所[1]法然上人知多二十五霊場第25番札所(満願霊場)[3]

中世・近世

山門

文明4年(1472年)5月下旬、榊原安左衛門が十王堂を建立したとされる[2]。明応7年(1498年)11月、賀天和尚の代に本堂が建立されたが[2]、天台宗だった時代の名称は不明である[4]。本尊の阿弥陀如来像は恵心僧都の作と伝わる[2]

当初は天台宗の寺院だったが、天明2年(1782年)3月に浄土宗に改宗し、常楽寺の末寺となった[2]。江戸末期に小田切春江によって編纂された地誌『知多土産』には摂取院のイブキも描かれている[1]

近代・現代

1925年(大正14年)に四国直伝弘法八十八ヶ所霊場が開創されると、摂取院は第24番札所となった。

2011年(平成23年)には法然上人知多二十五霊場が開創され、摂取院は第25番札所(満願霊場)となった[5][6]

上半田には龍台院、摂取院、順正寺の3寺が並んでいるが、摂取院はその中央にあるため中寺とも呼ばれている[1]

境内

文化財

イブキ

県指定天然記念物

  • 「摂取院のイブキ」
    • 目通り3.75メートル、根周り8メートル、樹高約15メートル[1]
    • 1975年(昭和50年)4月11日、半田市指定文化財に指定された[7]

現地情報

脚注

外部リンク

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