支婁迦讖 From Wikipedia, the free encyclopedia 支 婁迦讖(し るかせん[1]、梵: Lokakṣema、ローカクシェーマ、147年頃 - 没年不詳)は、中国後漢の霊帝と献帝の時代に、西域より渡来した訳経僧である。月氏の出身。支楼迦讖、支讖とも称される。 中国に来朝したのは、桓帝代の末期(167年頃)であり、安世高の来朝よりは少し遅れる。都の洛陽に来て、初めて大乗経典を漢訳した。その活動は約20年間に及び、14部の大乗経を漢訳した。 『般舟三昧経』と『道行般若経』の場合、その経記が残っており、179年(光和2年)に漢訳されたことが分かる。 主な訳出経典 『道行般若経』(八千頌般若経の異訳) 『般舟三昧経』 『阿闍世王経』 『阿閦仏国経』 『仏説無量清浄平等覚経』(仏説無量寿経の異訳) 伝記資料 『高僧伝』巻1 脚注・出典 ↑ 小項目事典,世界大百科事典内言及, 日本大百科全書(ニッポニカ),改訂新版 世界大百科事典,ブリタニカ国際大百科事典. “支婁迦讖(しるかせん)とは? 意味や使い方”. コトバンク. 2026年1月26日閲覧。 関連項目 訳経僧 この項目は、仏教に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 仏教/ウィキプロジェクト 仏教)。表示編集 典拠管理データベース 全般ISNIVIAFWorldCat国立図書館アメリカフランスBnF dataオランダイスラエル Related Articles