1908年(明治41年)1月8日、名古屋市の大須観音仁王門近くに活動常設館の文明館が開館した[3]。1903年(明治36年)10月に開館した東京・浅草の電気館、1907年(明治40年)7月に開館した大阪・千日前の文明館に次いで、日本で3番目の活動常設館とされる[3]。前身は五明座という寄席であり、経営者は竹本武夫だった[4]。なお、同年4月には名古屋市で2番目の活動写真常設館として、文明館と同じく仁王門通に電気館も開館している[5]。1912年(明治45年)8月23日には建物を新築して再開館した[4]。
大須文明館跡地に建つ串カツ田中大須観音店(2022年2月撮影)
戦後には1952年(昭和27年)11月に文明館の建物が再建され[2]、やがて大須東映に改称した。竹本武夫の後を継いだ竹本元信は、東映名古屋支社長を務めた人物である[4]。しかし1961年(昭和36年)12月11日夕方、大須東映はスクリーン上の天井付近から漏電とみられる火災で全焼[6][7]。その後映画館が再建されることなく、文明館から54年弱に及ぶ歴史は、その幕を下ろしたのである。
2025年(令和7年)現在、文明館→大須東映があった場所には大須仁王門フロントビル(2017年10月竣工・地上3階建て[8])が建ち、同ビルの1階に串カツ田中大須観音店[9]が入居している。