岩手県立黒沢尻中学校を経て[2]、東北大学理学部卒業[1]、同大学院で1962年、理学博士の学位を取得。博士論文は「夜光発光機構の研究」。オーロラの研究者として南極観測隊(第5次夏隊、1960年 - 1961年)[3]に加わったのち、新潟大学理学部教授を務める[要出典]。
詩人でもあり、詩誌『歴程』同人[1]。宮沢賢治の研究家としても知られ、宮沢賢治学会イーハトーブセンターの設立発起人(1990年)や宮沢賢治イーハトーブ館の初代館長(1992年-1994年)も務めた[2]。
2017年10月20日、肺炎のため、新潟市内の病院で死去、92歳[2]。