斯波忠三郎
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男爵斯波蕃の長男として生まれ、1907年(明治40年)3月18日に男爵を襲爵した[2]。1894年(明治27年)、東京帝国大学工科大学機械工学科を卒業。大学院に進み、1896年(明治29年)に同大学助教授となった。1899年(明治32年)からイギリス・フランス・ドイツに留学し、1901年(明治34年)に帰国。直ちに教授に任命され、後に3度にわたって評議員を務めた。1902年(明治35年)には工学博士号を取得。1906年(明治39年)から海軍大学校教授も兼ね、機関将校の育成に当たった。その他、特許局審判官、日本機械学会評議員・会長、日本海事協会評議員・監事・理事・理事長、帝国飛行協会評議員・理事などを務めた。
1917年(大正6年)11月17日に貴族院議員補欠選挙で男爵議員に選出され[3]、公正会に所属して活動し死去するまで在任した[4]。
1923年(大正12年)、航空研究所所長に就任。1932年(昭和7年)に東京帝国大学を退官し、翌年に名誉教授となった。
1931年(昭和6年)に南満州鉄道株式会社顧問に就任し、さらに技術局の創設とともに技術局長となった。技術局長として、満州化学工業株式会社・日満マグネシウム株式会社を創設し、それぞれ社長に就任した。
栄典
著書
- 『蒸汽機関』(大倉書店、1906年)
