新モンゴル学園
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| 新モンゴル学園 Шинэ Монгол Ерөнхий Боловсролын сургууль | |
|---|---|
|
新モンゴル小中高一貫学校の校舎 | |
| 過去の名称 | 新モンゴル高等学校 |
| 国公私立の別 | 私立学校 |
| 設立年月日 | 2000年10月5日 |
| 創立記念日 | 10月5日 |
| 創立者 | ジャンチブ・ガルバドラッハ |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 所在地 |
ウランバートル市バヤンズルフ区第25ホロー第13街区マンライバートル・ダムディンスレン通り43番地 |
| 公式サイト | Шинэ Монгол Ерөнхий Боловсролын сургууль |
新モンゴル学園(しんモンゴルがくえん、モンゴル語: Шинэ Монгол Ерөнхий Боловсролын сургууль)[注 1] [注 2] は、モンゴル国ウランバートル市バヤンズルフ区に所在する私立学校。モンゴル初の日本式3年制高校「新モンゴル高等学校」として創立され、現在は小中高一貫校、高専、工科大学などを擁する総合教育機関となっている[2]。
本稿では、新モンゴル学園および同学園の設置する主な教育機関について取り扱う。
沿革
概説
創立者 ジャンチブ・ガルバドラッハ
モンゴルが民主化と市場経済化を経て大きな混乱のなかにあった1995年、後の創立者ジャンチブ・ガルバドラッハは日本政府の国費留学生として母国を旅立った [9]。 モンゴル国立大学で物理学を専攻したのち、モンゴル国内で教職に携わっていたガルバドラッハは、高みを目指して東北大学、そして山形大学の門を叩いたのである。32歳のときのことであった[4]。 半年間東北大学で日本語を学んだあと、山形大学教育学部の研究生、さらには同大学院の修士課程学生となり[9]、『戦後日本の物理教育の展開とその国際比較』というテーマで研究を続けた。日本での学びは、単なる専門知識の習得に留まらず、母国の未来を担う人材育成の重要性を再認識させる機会となり、ガルバドラッハは『学校を創る』と題した小論文を留学生対象のコンクールに応募した。これが入選したことをきっかけに、新たな学校の設立プロジェクトが具体化することになる[4]。
日本式高校の設立

2000年当時のモンゴルでは、旧ソ連に倣った10年制学制[注 4]が堅持されており[11]、国際標準の12年制との乖離が学生たちの海外留学を阻んでいた。さらに国内の学校不足が深刻で、やむなく2部制や3部制[注 5]をとる学校が大半であった[6]。そこで、母国の発展には質の高い教育が不可欠だと考えたガルバドラッハは、長女のガルバドラッハ・トゴス(現、新モンゴル小中高一貫学校校長)の母校である山形県立山形西高等学校をモデルに、日本式高校の設立を決意する。『モンゴルにおける高等学校のカリキュラム開発』をテーマに東北大学の博士課程で研究を続ける傍ら、日本とモンゴルを往復して設立準備にあたった[4]。山形県や宮城県の支援者団体「柱一本の会」からの寄附に加え[6]、ロータリークラブからの奨学金援助もあり、計画は着々と進んだ[4]。そして2000年10月、遂に「新モンゴル高等学校」の創立にこぎつけたである[6]。
新モンゴル学園への発展


学校設備は整い、一期生105名の生徒[5]も集まったものの、前例のない取り組みに、当初の運営は手探り状態であった[4]。さらに、当時のモンゴルで標準的な2年制ではなく3年制を敷いたことについて、その意義が理解されないことも多かった[6]。しかし、拡充された学習期間を、留学に必要な基礎学力の強化や日本語教育に充てた結果、一期生から日本への留学生を送り出すことができ[12]、日本式教育はたちまち国内で話題になった[13]。その後も日本語教育の充実に加え、キャリア開発センターの設置や生徒の心の面での支援も積極的に行ったことが奏功し、2015年までに卒業生の約4割が日本へ留学するに至った[14]。
学校経営が安定してきた2014年、工学士や技術者の需要が高まっていたことを受け、ガルバドラッハは新たに「新モンゴル高等専門学校」と「新モンゴル工科大学」を創立するとともに、これら2校と「新モンゴル小中高一貫学校」などを傘下に置く「新モンゴル学園」を設置した。さらに2018年には、元横綱の日馬富士の働きかけにより、新たに「新モンゴル日馬富士学園」を創立した。各校の経営陣は日本の大学や高専の出身者で構成されており、いずれも日本式の教育手法が導入されている(詳しくは後述)[15]。
新モンゴル学園では、2030年に向けたビジョンとして「生徒主体の学校づくり」を掲げ、カリキュラムの最適化に向けた研究を継続している[16]。また、ガルバドラッハは2024年からモンゴルの議会(国家大会議)議員として [17]、 公立学校にも日本式教育の知見を取り入れる活動を行っている[7]。
年表
組織
- 新モンゴル学園
- 理事長
- 諮問委員会
- 専務理事
- 教育エクセレンスセンター
- 新モンゴル小中高一貫学校
- 新モンゴル高等専門学校
- 新モンゴル工科大学
- 友ランゲージ・ウランバートル日本語学習センター
- アチャリヤ・新モンゴル英語学習センター
- 新モンゴルこども園1
- 新モンゴルこども園2
- 新モンゴルマブチ基金
- ジャンチブ基金
- 新モンゴル日馬富士学校
- 理事長
(2021年12月現在、出典[18])
主な設置校
新モンゴル小中高一貫学校
新モンゴル小中高一貫学校(しんもんごるしょうちゅうこういっかんがっこう、モンゴル語: Ерөнхий Боловсролын Шинэ Монгол Сургууль)は、モンゴル国ウランバートル市バヤンズルフ区に所在する私立の小中高一貫学校。「新モンゴル高等学校」として2000年に設立され、中高一貫化を経て2008年に小中高一貫校となった。日本式の教育システムや校風を特徴とし、日本への留学生を多く輩出している。
新モンゴル高等専門学校
新モンゴル高等専門学校(しんもんごるこうとうせんもんがっこう、モンゴル語: Шинэ Монгол Техник Инженерийн Коллеж)は、モンゴル国ウランバートル市バヤンズルフ区に所在する私立の高等専門学校。日本の国際協力機構や国立高等専門学校機構などの協力、そして「モンゴルに日本式高専を創る支援の会」の応援などを受けて、2014年に設立された。モンゴルの急速な経済発展に伴い、基幹産業における技術者のニーズが高まったことに対応して、初めて日本の「高専教育システム」を導入した3校のうちの1つである[19][20]。
設置学科は以下の通り。
- 機械工学科
- 土木建築工学科
- 科学工学科
- 電気電子工学科
- コンピューターサイエンス工学科(2022年新設)
(2021年12月現在、出典[21])
新モンゴル工科大学
新モンゴル工科大学(しんもんごるこうかだいがく、モンゴル語: Шинэ Монгол Технологийн Дээд Сургууль)は、モンゴル国ウランバートル市バヤンズルフ区に所在する私立の大学。モンゴル国内の先端技術者の不足を背景に、日本の東京工業大学(現:東京科学大学)や米国のマサチューセッツ工科大学をモデルとして2014年に設立された。アントレプレナー教育や企業との共同研究を軸に、技術と経営を融合させた実学重視のカリキュラムを展開している[15][20]。
設置学科は以下の通り。
- 学士課程
- 情報工学科
- 化学工学科
- 土木建築工学科
- 電気電子工学科
- 機械工学科
- 修士課程
- 情報通信工学
- 化学工学
- 物理教育
- 数学教育
(2021年12月現在、出典[21])
新モンゴル日馬富士学園
新モンゴル日馬富士学園(しんもんごるはるまふじがくえん、モンゴル語: Шинэ Монгол Харүмафүжи сургууль)は、モンゴル国ウランバートル市ハンオール区に所在する私立の小中高一貫学校。2018年9月、新モンゴル学園の協力のもと、元大相撲力士・第70代横綱の日馬富士によって創立された[22]。
対外関係
国際交流
新モンゴル学園では、生徒の海外留学を後押しするため、奨学金のスポンサーだけでなく、日本をはじめとした海外の組織との提携を進めている[3]。
- 地方公共団体
- 高等教育機関
- 中等教育機関
日本
- 海城中学校・高等学校(2015年10月5日、新モンゴル高等学校(当時)と学術交流協定締結[27])
- 佼成学園中学校・高等学校(2018年4月30日、新モンゴル小中高一貫学校と教育交流協定締結[28])
- 大成中学校・高等学校 (愛知県)(2019年3月11日、新モンゴル小中高一貫学校と姉妹校提携[29])
- 浜松開誠館中学校・高等学校(2023年9月1日、新モンゴル日馬富士学園と姉妹校提携[30])
(特記なきものは出典[31] 。この提携先一覧は網羅されていない。)


