新井亮司
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埼玉県立児玉高等学校時代は通算44本塁打を放ち、「上州のタブチ君」と呼ばれた。3年夏の県大会では開会式後の開幕戦で本塁打を放つが、雨天ノーゲームとなる[1]。群馬県の鬼石町(当時)出身で県境であったため、高校までは1時間半をかけて自転車通学していた[1]。1999年のドラフト会議で阪神タイガースから4位指名を受けて入団。
入団時は、捕手だったが打撃を活かして内野手にコンバートされた。
パンチの効いたバッティングが注目され、「和製大砲」「田淵二世」として期待されたが[2]、2004年に戦力外通告を受け現役引退。当たれば飛ぶが、当たる確率が低すぎると言われた粗い打撃が最後まで改善されず、結局1軍では1試合も出場できずに終わった。
現在は会社員。伊丹市三光運輸所属。