新井正明
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群馬県吾妻郡原町(現・東吾妻町)で山口三郎平の四男として生まれ、1924年(大正13年)南画家の新井洞巌の養子となった[1]。旧制第一高等学校を経て[1]、1937年(昭和12年)東京帝国大学卒業後、住友本社入社。住友生命に配属。1938年(昭和13年)に召集を受け、歩兵第15連隊に入隊し、ハイラルの第8国境警備隊に所属[1]。1939年(昭和14年)ノモンハン事件での戦傷により右脚を切断[2]。1940年(昭和15年)より復職。
1950年(昭和25年)、取締役。1966年(昭和41年)、社長。1979年(昭和54年)、会長。1986年(昭和61年)、名誉会長。また、1973年(昭和48年)から生命保険協会会長を務めた。
その他にも、思想家・安岡正篤の思想に共鳴して親炙し、1977年(昭和52年) - 2003年(平成15年)まで関西師友協会会長を、1990年(平成2年) - 2000年(平成12年)までは松下政経塾理事長を務めた。関西経済同友会代表幹事も任された(昭和47年度、昭和52年度)。
2003年(平成15年)11月27日午前6時30分、肺炎のため大阪市内の病院で死去[2]。90歳没。
東洋哲学に造詣が深く、致知出版社から古典に関する著書を刊行している。
