新井石禅
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陸奥国伊達郡梁川村(現福島県伊達市)の石井家の三男に生まれ、12歳の時に出家[1]、菩提寺の興国寺住職新井如禅の弟子となる。曹洞宗専門本校(現、駒澤大学)に学び、わずか3年で卒業。畔上楳仙、森田悟由らに参禅した。
善徳寺、浄春院、大栄寺、雲洞庵、護国院、最乗寺などに歴住し、曹洞宗大学林学監兼教授、教学部長、永平寺副監院となり、總持寺西堂を経て大正9年(1920年)に独住5世、曹洞宗第11代管長となる。国内、海外の巡教は数百か所に及び、その徳化は一世を風靡し、生き仏と仰がれた。大正13年(1924年)には光華女学校(現、鶴見大学附属高等学校)を設立した。
昭和2年(1927年)12月7日に遷化。
