新山口カンツリー倶楽部

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所在地 日本の旗 日本
山口県防府市多々良一丁目15番1号
開業 1952年昭和27年)7月11日
運営 メンバーシップコース
新山口カンツリー倶楽部
Shinyamaguchi Country Club
新山口カンツリー倶楽部
新山口カンツリー倶楽部の空中写真。
2010年4月25日撮影の2枚を合成作成。
国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。
所在地 日本の旗 日本
山口県防府市多々良一丁目15番1号
座標: 北緯34度3分50.45秒 東経131度35分18.29秒 / 北緯34.0640139度 東経131.5884139度 / 34.0640139; 131.5884139
概要
開業 1952年昭和27年)7月11日
運営 メンバーシップコース
設計 井上 誠一
運営者 株式会社新山口カンツリー倶楽部
コース

OUT IN
HOLEPARYARDHOLEPARYARD
1 5475 1 4352
2 4389 2 5573
3 3109 3 4362
4 4293 4 4311
5 5438 5 3145
6 3128 6 4437
7 4407 7 3154
8 4387 8 5445
9 4380 9 4296
363006 363075

その他
公式サイト 新山口カンツリー倶楽部
テンプレートを表示

新山口カンツリー倶楽部(しんやまぐちカンツリーくらぶ)は、山口県防府市にあるゴルフ場である。

毛利家は、東京高輪本邸を財産税物納防府本邸も物納の危機にあった、華族制度の解体、農地改革、財産税など、戦後旧華族たちは追い詰められていた[1]。その窮状を知った地元の経済界が、毛利本邸裏山に9ホールのゴルフ場を造り、その入場収入で税金を納めることを提案した[1]

毛利家本邸を用地として、コース設計を井上誠一に依頼、1952年昭和27年)7月11日、「山口カンツリー倶楽部」9ホールのゴルフ場が開場された[1]。山口カンツリー倶楽部は、山コースだが誕生の歴史がある。倶楽部の正面は毛利本邸の正門で、山口カンツリー倶楽部のシンボルである[1]

1975年(昭和50年)、9ホールを増設、18ホール規模のゴルフ場が完成した。全域は「毛利の森」と呼ばれ、毛利藩の歴史と伝統を継承したゴルフコースである[1]。毛利本邸に造られたコースは、ブラインドコースがあるが、アリソンバンカーが設計したゴルフ場である[1]。理事長の大洋漁業株式会社中部利三郎、子孫の一次郎、銀次郎兄弟も山口カンツリー倶楽部で腕を磨いた[1]

2008年平成20年)12月1日、山口カンツリー倶楽部は、公益法人改革法の施行に伴い、資金が確保できないこと、税制上の優遇等が消滅したことなどから株式会社への移行を決め、スポンサーを探すことになった[2]。同年8月末日、山口カンツリー倶楽部は社団法人を解散し「タカガワグループ」に譲渡、また、同年9月からゴルフ場名を「タカガワ新山口カンツリー倶楽部」に変更する[2]

2016年(平成28年)4月28日、タカガワ新山口カンツリー倶楽部は、経営会社がタカガワグループから「エスフーズ株式会社」のグループ会社の「株式会社新山口カンツリー倶楽部」に変わり、経営交代に伴いゴルフ場名を「新山口カンツリー倶楽部」に変更された[3]

所在地

〒747-0023 山口県防府市多々良一丁目15番1号

コース情報

  • 開場日 - 1952年7月11日
  • 設計者 - 井上 誠一
  • 面積 - 660,000m2(約20万坪)
  • コースタイプ - 山岳コース
  • コース - 18ホールズ、パー72、6,081ヤード
  • フェアウェー - コウライ
  • ラフ - ノシバ
  • グリーン - 1グリーン、ベント
  • ハザード - バンカーの52、池が絡むホール5
  • 予約受付 - 2ヶ月前の1日より、平日分・午後1時より、土日祝分・午前10時より電話受付
  • プレースタイル - 全組セルフプレー乗用カート使用、1組4人が原則だが、状況によりツーサムも可
  • 練習場 - 8打席80ヤード
  • 休場日 - なし、月曜日セルフ営業(祝日通常営業)[4]

クラブ情報

  • ハウス面積 - 1,540m2(約465.8坪)
  • ハウス設計 - 松田・前田設計事務所
  • ハウス施工 - 澤田建設株式会社[4]

ギャラリー

交通アクセス

エピソード

  • クラブハウスと18番ホールの間には、毛利家祖霊社、毛利家絵画堂が並んでいる。開場時のクラブハウスは、現在の毛利博物館の建物で、喫茶舞衣は昔はフロントだった[5]
  • 開場が1952年昭和27年)と名門級ではないが、山口地方では「山カン」といわれ名門と思っていて、それを誰も疑わない[5]

脚注

関連文献

関連項目

外部リンク

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