本校の教育理念・教育手法は、卒業生である桑沢洋子らを通じて桑沢デザイン研究所に引き継がれるなど、戦後の美術・デザイン教育等へも影響を与えているとされる。
川喜田に建築家としての実作品において一般的な知名度のあるものがほとんどなく、また彼は当時の建築界においても異端的・アウトサイダー的な位置付けであったことから、日本近代建築史研究において川喜田が注目されることは少ない。そのような事情もあり、「新建築工芸学院」に関する研究・紹介は、その設立経緯やカリキュラム等を含めて、現在に至るまで十分になされているとは言いがたい。