旗山駅 (高雄県)
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駅構造
地上駅
| 旗山駅 | |
|---|---|
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駅舎(日本統治時代) | |
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旗山車站 チーシャン Cishan Station | |
| 所在地 |
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| 所属事業者 | 台湾糖業鉄道 |
| 駅構造 | 地上駅 |
| 開業年月日 | 1910年8月20日 |
| 廃止年月日 | 1979年 |
| 乗入路線 | |
| 所属路線 | 旗尾線 |
| キロ程 | 28.5 km(九曲堂起点) |
| 備考 | 所在地表記は廃止当時のもの |
| 旗山駅 Former Cishan Railway Station | |
|---|---|
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| 登録名称 | 旗山車站(原旗山驛) |
| 旧称 | 旗山驛 |
| その他の呼称 | 糖鐵故事館 |
| 等級 | 歴史建築 |
| 文化資産登録 公告時期 | 2005年7月19日 |
| 位置 | |
| 建設年代 | |
| 旗山駅 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 旗山車站 |
| 簡体字: | 旗山车站 |
| 拼音: | Qíshān Chēzhàn |
| 通用拼音: | Cishan Chejhàn |
| 注音符号: | ㄑㄧ ㄕㄢ ㄔㄜ ㄓㄢ |
| ラテン字: | Ch'ishan Ch'echan |
| 発音: | チーシャン チャーヂャン |
| 台湾語白話字: | Kî-san Tshia-tsām |
| 日本語漢音読み: | きさんえき |
| 日本語慣用読み: | はたやまえき |
| 英文: | Cishan Station |
建築
駅舎の前方(北側)と後方(南側)に五分車の線路があり[1][2]、南側は東の旗尾糖廠方、美濃・竹頭角方面に向かい[2] 九曲堂方面の上り列車は駅直後に南方に転じる[2]。初期は杉林方面への貨物支線が駅前方から伸びていた[1]。
駅舎は和洋折衷の設計が採用されている[1]。正面から左は八角形の尖塔、半八角形の屋根全体は西洋風、右側の三角屋根および「はかま腰屋根」を採用した妻側とその内部の梁は日本風を折衷している。ホームは武徳殿と同様「台湾煉瓦」社製の赤レンガが、一部は備前焼の床タイルが使用されている[1]。路線廃止後長期間放置され、その間4度の火災に見舞われたため[1]、当局が一度は撤去を計画した。文化資産登録と修復を終えたものの、2015年には天井板の塗料が劣化、また外壁が台風で一部破損したため一般公開を中断し翌年春まで閉鎖のうえで再修復が行われた。現在は糖鐵故事館という名称で資料館となっている。
- 台湾煉瓦(TR)のロゴ(当駅のものではない参考画像)
- 妻側
- ホーム側
利用状況
歴史
- 1910年(明治43年)8月20日 - 高砂製糖株式会社(のちに塩水港製糖)旗尾線九曲堂駅~旗尾駅間の開通に伴い蕃薯藔驛として開業[註 1][3][1]。
- 1913年から1915年の間 - 現駅舎が落成。
- 1920年大正9年(1920年)10月1日 - 行政区画再編に伴い旗山驛に改称[4][註 2]。
- 1920年代 - 台湾製糖が事業を継承[1]。
- 戦後 - 台湾糖業公司が事業を継承[1]。
- 1973年 - 旅客輸送を休止[5]。
- 1978年 - 旅客輸送全線廃止[6][1]。
- 1982年 - 軌道撤去[1]。
- 2001年 - 行政院文化建設委員会主催の「台湾歴史建築百景」で投票により16位に選出される[7]。
- 2005年7月14日 - 高雄県の指定歴史建築に登録公告
- 2009年7月25日 - 修復完成。
- 2016年
- 台糖353号蒸気機関車