日下部三中

From Wikipedia, the free encyclopedia

日下部 三中(くさかべ の みなか、生没年不詳)は、奈良時代防人三仲とも。使主

日下部氏は、雄略天皇皇后であり仁徳天皇皇女でもある草香幡梭姫が生活する資用に充てられた料地の管理等に携わった名代部の一族である。

三中は上総須恵国造一族出身であるとされ、同族には、宝亀8年(777年)10月に周淮郡司大領外従七位であった日下部使主山主や、同郡少領の日下部使主□麿がいた。

経歴・人物

上総国豪族国造丁天平勝宝7歳(755年)2月、防人として筑紫に派遣された際に詠んだ歌が『万葉集』に1首入集している[1]

日向国の日下部氏との関係

脚注

Related Articles

Wikiwand AI