日中ダム
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日中ダム(にっちゅうダム)は、福島県喜多方市熱塩加納町、一級河川・阿賀野川水系押切川に建設されたダム[2]。
| 日中ダム | |
|---|---|
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日中ダムと日中温泉 | |
| 左岸所在地 | 福島県喜多方市熱塩加納町熱塩字土ヘクリ乙652 |
| 右岸所在地 | 喜多方市熱塩加納町熱塩字太良木平丙1376-1 |
| 位置 | |
| 河川 | 阿賀野川水系押切川 |
| ダム湖 | 日中ひざわ湖 |
| ダム諸元 | |
| ダム型式 | 中心コア型ロックフィルダム |
| 堤高 | 101 m |
| 堤頂長 | 423 m |
| 堤体積 | 4,886,000 m3 |
| 流域面積 | 40.6 km2 |
| 湛水面積 | 79 ha |
| 総貯水容量 | 24,600,000 m3 |
| 有効貯水容量 | 23,100,000 m3 |
| 利用目的 | 洪水調節・かんがい・上水道・発電 |
| 事業主体 | 福島県 |
| 電気事業者 | 東北自然エネルギー |
| 発電所名 (認可出力) | 日中発電所 (1,700kW) |
| 施工業者 | 大成建設・鹿島建設 |
| 着手年 / 竣工年 | 1970年 / 1991年 |
| 出典 | [1] |
概要
沿革
喜多方市や耶麻郡を始めとした福島県会津地方北部は広大な水田が広がる穀倉地帯であるが、それまでは江戸時代から使われてきた多くの井堰や小規模な溜池に水源を依存していた。そのため周辺の各河川の流域では安定した農業用水の確保が難しく水不足が多発していた。1956年(昭和31年)には姥堂川上流に関柴ダムが建設されるが、局所的な対策となり、根本的な解決とはならなかった。また、取水設備の老朽化も問題になってきたことから大規模な水源の確保と灌漑設備の建設を求める声が高まり、農林省東北農政局によって国営灌漑排水事業の調査が1967年(昭和42年)から、実施計画調査が1970年(昭和45年)から始まり1972年(昭和47年)度に建設工事が着手された。
一方、押切川とその周辺流域では洪水が多発しており、1967年の羽越豪雨では流域ほぼ全てに渡り甚大な被害が発生した。これを受け福島県土木部は押切川総合開発事業計画を立ち上げた。また、喜多方市、耶麻郡塩川町、熱塩加納村(いずれも現在は喜多方市に合併)では上水道を地下水に求めていたために年々水源不足が顕著になっていたことから、安定した生活用水の水源確保が課題となっていた。このことから1976年(昭和51年)には農林水産省と福島県でダム建設事業の実施に関する協定が結ばれた。その後ダム本体工事が進むなか、1983年(昭和58年)に喜多方市、塩川町、熱塩加納村の一市一町一村で喜多方地方水道用水供給企業団が設立、また1990年(平成2年)にはダムの放水エネルギーの有効利用のために福島県企業局によって水力発電事業が立ち上がり、結果として四者共同の事業となるに至った。1989年(平成元年)に本体工事が完了、翌年から1年ほどをかけて試験湛水を行い、1992年(平成4年)4月から運用が開始された。総事業費は457億円[4][5]。施工は大成建設・鹿島建設日中ダム建設工事共同企業体 (JV)[2]。
日中発電所
周辺


- 毎年夏の「森と湖に親しむ旬間」に合わせ『日中ひざわ湖まつり』が開催され、地域住民に開かれたダムとなっている。ダム堤体の原石の採石が行われた場所は駐車場と展望台になっている。また、周囲はブナの原生林に覆われており、ダム湖畔から伸びる飯森山登山道は沢登りの名所となっている。
- 水没した林道の付替道路としてダム湖上に日中大橋(にっちゅうおおはし)が架けられた。長さ204mのPC斜張橋。主塔の高さは133m。
- ダムの堤体の直下には日中温泉の温泉宿がある。もともと温泉があった場所がダム建設により水没したため、現在地に新たに源泉を求め掘り当てたものである。
- ダム西側を通る国道121号大峠道路は、当ダム建設と同時期に建設された。