日峰神社
徳島県小松島市中田町にある神社
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祭神
由緒
社伝によれば、奈良時代の天平勝宝2年(750年)豊野真人篠原が阿波守に任ぜられた。翌天平勝宝3年国内に疫病が流行した。住民の苦しむ姿を見た阿波守は、日峰山で火焚き神事を行い祖神に祈願し疫病が治まった。これにより山上に社を建立したと言われる。この伝承から、毎年「十八山火焚祭」が行われている。
中世以降は「日峯大権現」と称せられ、桃山時代の天正14年(1586年)初代徳島藩主となった蜂須賀家政は阿波入国の際に日峰館に留まり築城の場所を定めようとした。家臣は日峰山を薦めたが、家政は聖域であるとして選ばず、現在の徳島城の地に築城したと言われている。その後、日峰山一帯を聖域として私有を認めず樹木の伐採を禁じた。