日月鉄二
日本の野球選手 (1969-)
From Wikipedia, the free encyclopedia
来歴・人物
小学4年から杉並リトルリーグで投手として活躍し、6年の時に関東大会で優勝。シニアリーグでも全国大会で準優勝した。関東高に入学した当初は野球部に所属して1年生だった1985年夏は1番・中堅手で出場したが[1]、2年の時に陸上競技に転向、1987年にはやり投で沖縄海邦国体に東京代表として出場、62メートル82で6位に入賞した[2]。高校の1年後輩に江藤智がいる。
しかし野球への夢を捨てきれず、1987年11月下旬に西武ライオンズの入団テストを受験して合格、同年12月28日には西武から練習生として採用されたことが発表された[2]。契約金は2000万円、1988年シーズンの年俸は360万円[2]。当初は投手であったが、後に外野手へ転向する。その後、練習生制度の廃止により支配下選手登録される必要が生じたため、1991年のプロ野球ドラフト会議で西武から8位指名され正式に契約する。
しかし、一軍出場がないまま、翌1992年のシーズン限りで現役を引退した[3]。引退後は球団からの斡旋を受け、西武グループ系の旅行代理店に就職した[4]。
詳細情報
年度別打撃成績
- 一軍公式戦出場なし
背番号
- 75 (1988年 - 1989年)
- 94 (1990年)
- 69 (1991年 - 1992年)