茨城県取手市の中妻貝塚から出土した人骨のミトコンドリアDNA分析の結果、シベリアのブリヤート人と遺伝的に最も近いこと、また、遺跡から、シベリアで使用されていた物と同じ石器が発見されたことから、日本人のルーツのひとつは北方にあることを紹介する。
現在の東南アジアにかつて広がっていたスンダランドが、氷期の終了と海進で水没するに伴い、人々は高度な航海術を駆使し黒潮にのって日本列島に渡ってきた。
遺跡発掘から新たに判った知見によれば、縄文時代の人々は狩猟を行う受動的な生活のみならず、積極的に森を切り拓き、利用して生活していた事がわかった。8000年前頃、氷河期が終わり対馬暖流が日本海に流れ込むと、日本は温暖で湿潤となり森林が発達した。また、材木を伐採する為に石斧が用いられ、復元実験を通した研究から具体的な森林の利用方法について明らかにした。
日本における稲の栽培は弥生時代から本格的に行われたと見られたが、プラントオパールの解析等の最近の研究から、縄文時代にも既に稲の栽培が始まり、陸稲から水稲へと移り変わっていた。
もともと熱帯の植物である稲が中国南部から日本に伝わり、ジャポニカ種が生まれた。