日本党 (日本)
日本の政治団体 (2021-)
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党史
2021年5月27日に元海上自衛官である石濱哲信が設立した。設立の理由は、石濱が自公連立政権や日本維新の会に危機感を抱いたためである[4]。
2023年に百田尚樹を党首とする同名の「日本保守党」が結成された際にはこれに対して抗議し、それ以降「元祖日本保守党」と主張するようになった。
2024年の第50回衆議院議員総選挙に元NHK党出身で元草加市議の河合悠祐など2名の候補者を立てたが、どちらも選挙区最下位で落選し、議席獲得とはならなかった[5]。
2025年1月26日に投開票された戸田市議会議員選挙において、河合がトップ当選を果たす[6]。これにより、河合は副党首に就任した。
2025年のさいたま市長選挙では公認した西内聡雄が5万5395票を得るも、17万7217票を得た現職の清水勇人に3倍以上の大差をつけられ3位で落選した[7]。
2025年6月の東京都議会議員選挙では杉並区選挙区に元杉並区議会議員の佐々木千夏を擁立した。同選挙では国政政党の日本保守党も候補を擁立していたため話題となったが、共に落選した[8]。
2025年7月の第27回参議院議員通常選挙では、党首の石濱が埼玉県選挙区から出馬し12万9130票を獲得したが、定数4人に対し15人中9位で落選した[9]。同選挙では、埼玉県選管が国政政党の日本保守党との区別するため投票所の記載台の候補者一覧での所属政党・政治団体名が「日本保守党(石濱哲信)」とされたり、同選挙区で出馬した他党の候補者(落選)がポスターに勝手に党公認と記載したりするなど混乱する事態となった。
2025年7月25日、副党首の河合が自身のYoutubeチャンネルにて離党した事を報告。これにより党所属の地方議員が消滅した。
2025年9月7日に投開票された埼玉県八潮市議会議員選挙では、当時「日本保守党」の党名で立候補した中江友哉(元NHK党出身)が21人中3位(1,948票)で当選[10]し、河合悠祐の離党後に初めてとなる党所属の地方議員が誕生した。
2025年11月16日の三重県いなべ市議会議員選挙では、中江と同じく当時「日本保守党」の党名で立候補した黒瀬信明(元NHK党出身)が18人中16位で当選[11]し、党として初めて2名以上の地方議員を持つに至った。なお、党として三重県で候補者を擁立し当選したのはこれが初である。
その後、石濱は、国政政党の「日本保守党」や「元祖日本保守党」という名称が使用できないことから、総務省との調整を経て「日本党」に党名変更し、その経緯を日本党広報部チャンネルの2025年10月25日配信ライブ(タイトル:【全国ラリー】岩手県盛岡駅 街頭演説 石濱哲信)の冒頭で説明している[12]。
2026年2月1日投開票の埼玉県川口市長選挙において、日本党はさいたま市長選挙に立候補した西内聡雄を公認候補として擁立することを表明した。西内は2025年11月に記者会見を開き、正式に出馬を表明している[13]。だが選挙戦は演説中に演説中止を求める群衆が殺到する実態となり、18,999票を集めるものの立候補者中3位で落選した。
