「航西日記」によると一行は出発後45日目の10月7日にマルセイユに到着し、翌8日に市内の写真館[注 3]で記念写真を撮ったとされている。しかし、この写真はその後長らく所在が不明であった。撮影から110年後の1994年(平成6年)に一行の一人である宮崎道三郎 (法学者) の孫・宮崎誠が所蔵の写真に森鴎外が写っていることに気づき、東京・千駄木の鴎外記念本郷図書館 (現・文京区立森鴎外記念館) に送ったことから所在が明らかになった[5]。
鴎外はこの写真について「二十八日。午。着馬塞(マルセイユ)。投日熀垘客館 (Hôtel de Genève)[注 4]壁頭懸大寫眞幅。就而見之。則航西日記所載日東十客之圖也。余等堂々七尺軀。徒使髭奴爲奇禽異獣之顴。悲慨何堪。」と日記で記述している[6]。