ブロック工法
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造船においては船体をいくつかのブロックに分けて同時に製造し、最後につなぎ合わせて完成させる工法。
リバティ船などの戦時規格船を急速建造する際に採用され、第二次世界大戦後の造船における主力工法となった。なお、造船以外で、「○○ブロック」を使った工法を「○○ブロック工法」と呼ぶことがある。建造期間の短縮、作業の高効率化を目指し採用された画期的な生産手法であり、戦後日本復興に大きく貢献したと言われている。
この工法が造船の主力工法となったのは、第二次世界大戦を契機とする。日本とアメリカ合衆国に限っていえば、日米ともに戦域の大半が海上を経由するため、軍事行動、軍事輸送の主役は艦艇であり、輸送船であった。日米両国ともに短期間で艦艇(主に消耗の激しい護衛艦艇)・輸送船の大量の建造・配備を迫られ、この工法を用いて、短期間で大量の建造が行われた。
日本においては、太平洋戦争中盤より、輸送艦[1]・海防艦・戦時標準船等の建造において用いられた。海軍艦政本部の発案のもと、三菱重工業・日本鋼管・日立造船の各社で実用され、とりわけ最も多くの海防艦を建造した日本鋼管では、艦政本部の遠山光一海軍技術中佐(後の日本鋼管副社長)、魚住順治海軍少佐(後の海上自衛隊海将補、日本鋼管顧問)と日本鋼管技師の石井利雄海軍中尉らがこの工法の研究に熱心で、海防艦の大量建造に貢献した。当時、造船会社としては二線級であった日本鋼管が、戦後、日本を代表する造船会社に飛躍するきっかけとなった。戦後はこの工法が船舶建造の主力工法として定着し、現在に至っている。
アメリカにおけるブロック工法の発展はリバティ船を参照のこと。
鉄道車両
運転台

日本国有鉄道(国鉄)は1984年2月1日国鉄ダイヤ改正に伴い、列車の編成を短くする代わりに1時間あたりの運転本数を増やす「フリークエントサービス」を開始した[2]。列車増発に伴い、多数の運転台付き車両(先頭車)を用意する必要ができたが、財政難の国鉄では新車を製造する余裕がなかった[2]。このため、中間車に運転台(乗務員室)を取り付ける必要があるが、種車に一から運転台を組み立てる工法では時間がかかりすぎ、ダイヤ改正までに所用車両数を揃えることができない[2]。
改造工事期間を大幅に短縮するため、あらかじめ配線・配管などを含めた完成済みの運転台ブロック(運転台ユニット)を製作し、既存構体に接合するブロック接合工法を採用した[2]。改造工事では中間車の車両端部を切断・撤去し、完成済みの運転台ブロック(運転台ユニット)を接合後、既存構体との接合部の外板仕上げ、配線処理などを行うことで完成する極めて合理的な工法である[2][3]。
- 国鉄時代の主な改造車
- 国鉄581・583系電車→国鉄419系・715系電車、国鉄455系電車(一部は165系から改造)
- 国鉄115系電車・国鉄113系800番台
- 国鉄103系1000番台→国鉄105系500番台
- 国鉄485系・489系電車、国鉄183系・189系電車(485系・489系から改造)
- 国鉄781系100番台、国鉄381系電車
- 国鉄キハ181系気動車、国鉄キハ183系気動車
この改造工事は1986年11月1日国鉄ダイヤ改正まで続けられたほか、JRグループ発足後も同様の改造を施工した車両がある。新たに国鉄時代には実施されなかった新幹線車両でも行われ、0系[4](JR西日本施工)と200系[5](JR東日本施工)で行われた。
車体
鉄道車両へのブロック工法は1990年代に入ってから数件の実績を有する。
- 953形新幹線(STAR21)の川崎重工業製造分4両 - 「セクション結合工法」と呼称[6]。
- 京成3400形 - 車体外板と骨組みを一体化したブロック状の台枠・屋根・各側面構体部材を組み立てる「ブロック工法」を採用(大栄車輌製)[7]。
- 日車式ブロック工法
建築
建築工法として、建築物の一部または全ての部材を工場で製作し、現場で組み立てるプレハブ工法がある。

