日輪寺 (日立市)
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位置
北緯36度31分16.4秒 東経140度36分56.3秒 / 北緯36.521222度 東経140.615639度座標: 北緯36度31分16.4秒 東経140度36分56.3秒 / 北緯36.521222度 東経140.615639度
山号
来迎山
院号
宝珠院
| 日輪寺 | |
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| 所在地 | 茨城県日立市森山町三丁目15番36号 |
| 位置 | 北緯36度31分16.4秒 東経140度36分56.3秒 / 北緯36.521222度 東経140.615639度座標: 北緯36度31分16.4秒 東経140度36分56.3秒 / 北緯36.521222度 東経140.615639度 |
| 山号 | 来迎山 |
| 院号 | 宝珠院 |
| 宗派 | 真言宗豊山派 |
| 本尊 | 阿弥陀如来 |
| 創建年 | 大同年間(806年 - 810年) |
| 開山 | 弘法大師空海 |
| 中興年 | 応永2年(1395年) |
| 中興 | 尊秀 |
| 法人番号 | 2050005007059 |
大同年間(806年 - 810年)、弘法大師空海によって開山された。空海は当地を巡錫したおり、ある夢を見た。その夢とは、阿弥陀三尊が来迎し、宝珠を授けるというものであった。空海が目を覚ますと、太平洋の大海原から日輪(太陽)が上がっていた。空海はただちに阿弥陀如来像を彫り、庵に安置した。これが当寺の起源である。「来迎山宝珠院日輪寺」の名称は空海の逸話に由来する[1][2]。
1395年(応永2年)、尊秀によって中興された。1689年(元禄2年)、これまで現在の常陸多賀駅のあたりに位置していたが、水戸藩の藩主徳川光圀によって、現在地に移転した[1][2]。
1864年(元治元年)、天狗党の乱による戦火で、山門を除いて焼失した。かつては当地で一番の寺院であったが、明治・大正期は民家の廃材を組んだ庵の状態であった。昭和になり漸く復興し始め、1940年(昭和15年)に本堂が再建した[1]。
- 入口
- 山門
- 本堂
- 日輪閣