日野ゴルフ倶楽部

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開業 1972年昭和47年)10月15日
運営 メンバーシップコース
設計 鈴木 正一
日野ゴルフ倶楽部
Hino Golf Club
日野ゴルフ倶楽部
日野ゴルフ倶楽部の空中写真。
1982年9月27日撮影。
国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。
所在地 日本の旗 日本
滋賀県蒲生郡日野町杣1146-1
座標: 北緯35度3分10.33秒 東経136度16分21.5秒 / 北緯35.0528694度 東経136.272639度 / 35.0528694; 136.272639
概要
開業 1972年昭和47年)10月15日
運営 メンバーシップコース
設計 鈴木 正一
運営者 観光日本株式会社
トーナメント ・1979年 第44回 日本オープンゴルフ選手権競技大会
コース
King Course

OUT IN
HOLEPARYARDHOLEPARYARD
1 4415 1 5505
2 5510 2 4380
3 4405 3 3191
4 3225 4 4435
5 4410 5 4430
6 4365 6 4415
7 5560 7 5530
8 3205 8 3200
9 4430 9 4424
363525 363510
Queen Course

OUT IN
HOLEPARYARDHOLEPARYARD
1 4420 10 4415
2 4372 11 4396
3 3179 12 3206
4 4370 13 5531
5 5509 14 4416
6 3192 15 3179
7 4420 16 5540
8 5538 17 4392
9 4394 18 4397
363394 363472

その他
公式サイト 日野ゴルフ倶楽部
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日野ゴルフ倶楽部(ひのゴルフくらぶ)は、滋賀県蒲生郡日野町に広がるゴルフ場である。

観光日本株式会社・安達慎三と久保田粂吉は、1970年昭和45年)7月15日、ゴルフ場の用地探しに八日市市を訪れていたところ、そこで、滋賀県蒲生郡日野町のゴルフ場誘致計画を知った[1]。日野町では工業団地の誘致計画を進めており、そのためにゴルフ場が必須と考えてのことだった[1]。ゴルフ場用地は、杣地区を中心に中之郷の4部落である[1]。安達の計画では18ホールの予定だったが、地元の要望で36ホールのゴルフ場の建設に変更した[1]

コース設計は、安達建設の鈴木正一が担当し、工事を安達建設株式会社に決まった[1]。建設予定地を検分した鈴木は太鼓判を押した[1]1972年(昭和47年)10月15日、キングコース18ホールが完成、開場された[1]。翌1973年(昭和48年)10月、クイーンコース18ホールが完成、36ホール規模のゴルフ場が誕生した[1]

コースは、全体的になだらかな起伏のあるダイナミックな丘陵コースである[2][3]。キングコースの特徴は、フェアウェイはフラットでバンカーは少ない。クイーンコースは、フェアウェイに起伏があるが、砲台グリーンが多いので戦略的なアプローチが求められる[2][3]

日本のプロゴルフメジャー大会の1つ、日本ゴルフ協会主催競技でもあり、日本選手権大会に相当する、日本オープンゴルフ選手権競技大会など多くの大会開催の実績がある。

所在地

〒529-1611 滋賀県蒲生郡日野町杣1146-1

コース情報

  • 開場日 - 1972年10月15日
  • 設計者 - 鈴木 正一
  • 施工者 - 安達建設株式会社
  • 面積 - 1,650,000m2(約49.9万坪)
  • コースタイプ - 丘陵コース
  • コース - 36ホールズ、パー144、キングコース7,035ヤード、クイーンコース6,864ヤード、コースレート キングコース75.0、クイーンコース73.4
  • グリーン - 1グリーン、ニューベント
  • フェアウエイ - ベント
  • ラフ - ノシバ
  • プレースタイル - 乗用カート(5人乗り)、リモコン式 、クインコース 全組セルフプレー、クイーンコース セルフプレー
  • 練習場 - 26打席 200ヤード
  • 休場日 - 毎週火曜日、12月31日、1月1日[4]

クラブ情報

  • ハウス面積 - 3,300m2(998.2坪)
  • ハウス設計 - 株式会社彦谷建築設計事務所
  • ハウス施工 - 不二建設株式会社[4]

ギャラリー

交通アクセス

メジャー選手権

エピソード

  • 「京都ゴルフ倶楽部」・上賀茂コース(1948年昭和23年)開場、設計・シェフィールド)と「日野ゴルフ倶楽部」は、安藤建設グループの観光日本株式会社が経営している兄弟ゴルフコースである[7]
  • 「京都ゴルフ倶楽部」・上賀茂コースの工事完成間際、フェアウェイは出来たがラフに張る野芝がなく困った、旧陸軍八日市飛行場跡の滑走路側帯の野芝の情報が入入った、安達建設グループは戦時中に31カ所飛行場を造成しており、無事、上賀茂コースは開場された[7]

脚注

関連文献

関連項目

外部リンク

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