侍従・日野西資博の長男として生まれ、父の死去に伴い、1942年(昭和17年)11月、家督を継承し、1943年(昭和18年)1月15日、子爵を襲爵した[1][3][4]。
学習院を経て[5]、1933年(昭和8年)[注 1]、明治大学専門部法科を卒業した[2][3]。
1926年(大正15年)殿掌に就任[2]。その後、大礼使典儀官、寿工業書記などを務めた[2][3]。
1946年(昭和21年)6月28日、貴族院子爵議員補欠選挙で当選し[6]、研究会に所属し1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任した[2]。
1955年(昭和30年)11月18日、京都在住旧堂上会総代として御機嫌奉伺のため参内。昭和天皇に拝謁する[7]