旧吉松家住宅
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| 旧吉松家住宅 | |
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| 情報 | |
| 用途 | 資料館 |
| 旧用途 | 住居 |
| 建築主 | 吉松卓蔵、吉松忠敬、吉松忠俊 |
| 構造形式 | 木造 |
| 階数 | 2階建 |
| 竣工 | 1919年(大正8年) |
| 所在地 |
〒888-0001 宮崎県串間市大字西方5509番地 |
| 座標 | 北緯31度27分50.5秒 東経131度13分44.0秒 / 北緯31.464028度 東経131.228889度座標: 北緯31度27分50.5秒 東経131度13分44.0秒 / 北緯31.464028度 東経131.228889度 |
| 文化財 | 重要文化財 |
| 指定・登録等日 | 2008年12月2日 |
旧吉松家住宅(きゅうよしまつけじゅうたく)は、宮崎県串間市にある建築物。主屋など各建築物は1919年(大正8年)に上棟した。屋敷全体の構成がすべて現存している点が評価され、2008年(平成20年)12月2日には重要文化財に指定された。
歴史
建築
旧吉松家住宅の石塀と表門は、薩摩東部の志布志に至る志布志街道に面している[7][8]。敷地面積は950坪である[7]。
木造一部2階建ての主屋は大規模な近代和風建築であり、随所に洗練された意匠が凝らされている[2]。また、主屋に加えて内蔵、物置、外風呂、外蔵など屋敷全体の構成がすべて現存している点も評価されている[2]。
主屋の廊下の窓ガラスは、職人の手仕事による板ガラスである[7]。外壁の白壁(漆喰)とは対照的に、内装には黒壁(砂鉄)が多用されており、シックかつモダンな雰囲気を醸し出している。廊下の梁には長さ10メートルを超える一本材が用いられている[7]。土間には炊事場や農機具が展示されており、水汲み用の井戸もある[7]。基本的には近代和風建築であるが、応接間の窓枠や照明は洋風である[7]。
建物内では工芸品の展示会、書道展、写真展などが開催されることもある[9]。毎年3月には「吉松邸ひなまつり」が開催される[8]。
- 台所。土間に井戸がある。
- 襖の引き手。
- 洋間。
- 廊下。
- 階段。
玄関板戸絵
文化財
以下の建造物5棟及び土地が「旧吉松家住宅」の名称で国の重要文化財に指定されている[10]。
- 主屋(座敷部、居室部、大広間部、離れ部、台所部、奥座敷部より成る)
- 内蔵
- 物置
- 外風呂
- 外蔵
- 土地(宅地、山林及び雑種地)2,874.10平方メートル(表門、愛宕門、井戸、石段、石塀及び石垣を含む)
