旧相馬家住宅

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所在地 北海道函館市元町33-2
位置 北緯41度45分55.2秒 東経140度42分38.8秒 / 北緯41.765333度 東経140.710778度 / 41.765333; 140.710778座標: 北緯41度45分55.2秒 東経140度42分38.8秒 / 北緯41.765333度 東経140.710778度 / 41.765333; 140.710778
形式・構造 木造2階建て(主屋)、土蔵造(土蔵)
建築年 1908年(明治41年)
旧相馬家住宅
旧相馬家住宅
所在地 北海道函館市元町33-2
位置 北緯41度45分55.2秒 東経140度42分38.8秒 / 北緯41.765333度 東経140.710778度 / 41.765333; 140.710778座標: 北緯41度45分55.2秒 東経140度42分38.8秒 / 北緯41.765333度 東経140.710778度 / 41.765333; 140.710778
形式・構造 木造2階建て(主屋)、土蔵造(土蔵)
建築年 1908年(明治41年)
文化財 重要文化財(国指定)
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旧相馬家住宅(きゅうそうまけじゅうたく)は、北海道函館市元町にある建造物[1]。箱館(函館)の発展に大きく寄与した豪商・初代相馬哲平の私邸として1908年(明治41年)に竣工した[2]。和洋折衷様式の代表的な建築群として、2018年(平成30年)に主屋、土蔵、門、塀の4棟が国の重要文化財に指定されている[3]

年譜

現在の邸宅が建つ地には、それ以前にも相馬家の邸宅が存在していたが、1907年(明治40年)の函館大火によって全焼した[2]。翌1908年に現在の主屋が再建されたが、平成期に入ると建物の老朽化や維持管理の困難から取り壊しの危機に直面した[4]

2008年、旧相馬家住宅は競売にかけられ解体の危機に陥った[5]。函館市の不動産業・東出伸司が解体阻止を目的に2009年に住宅を購入し、約16年間にわたり所有・保存活動を主導。2010年以降は毎年3月から11月頃まで一般公開を行い、2018年には国の重要文化財指定を実現させた[5][6]

2024年、東出が高齢となったことから次代への承継を模索。これを受け、不動産クラウドファンディングを手掛ける株式会社LEVECHY(東京)が運営を引き継ぐこととなった[7]。LEVECHYは特定目的会社(SPC)を設立して個人投資家から維持保存資金を募る仕組みを導入し、2025年に所有権が東出から移転した[7]

宿泊施設の管理運営は、京都市に拠点を置く「株式会社風のヘリテージ」(2026年2月14日付でバリューマネジメント株式会社より社名変更)が担う[7]。これに合わせて2026年2月には報道機関向け内覧会が実施された。2026年3月1日に宿泊施設「旧相馬家 Kazeno Heritage」としてリニューアルオープンする予定[7][5]。同社は「再生型観光」の実現を掲げ、宿泊施設としての再開業後も主屋の一般公開を継続する方針を示している[7]

  • 1907年(明治40年)8月 - 函館大火により、同地にあった旧邸宅が全焼。
  • 1908年(明治41年) - 初代相馬哲平により現在地に再建。
  • 2008年(平成20年) - 競売にかけられ、取り壊しの危機に陥る。
  • 2009年(平成21年) - 東出伸司が取得。
  • 2010年(平成22年) - 住宅の一般公開を開始。
  • 2018年(平成30年)12月 - 国の重要文化財に指定。
  • 2025年(令和7年) - 株式会社LEVECHYがSPCを通じて事業継承。旧体制での最後の一般公開(4月)
  • 2026年(令和8年)2月 - 株式会社風のヘリテージ(旧バリューマネジメント)による内覧会を実施。
  • 2026年(令和8年)3月1日 - 「旧相馬家 Kazeno Heritage」として開業予定。

文化財の構成

2018年に指定された重要文化財としての構成および概要は以下の通りである。

主屋

1908年(明治41年)竣工。木造2階建て、建築面積456.90平方メートル。和洋折衷様式の代表的建築であり、洋館内部の漆喰彫刻や大理石のマントルピースといった意匠が保存されている[8]

土蔵

1908年(明治41年)頃建立。土蔵造2階建て、建築面積57.02平方メートル。外壁に厚さ約30cmの漆喰塗りを施した防火設計が特徴である[9]

建物の特徴

1階部分

1階は賓客を接遇する公的な空間と、家族の生活空間が和洋併置の形で共存している[10]

  • 応接室(洋館): 二重窓や豪華な漆喰天井を備える。外観は緑色に塗られている。
  • 客室: 生活空間であったエリアは、重要文化財の意匠を活かした宿泊スペースとして改装された[7]

2階部分

2階は家族の生活や客間としての機能に加え、大火の歴史を物語る遺構が保存されている。

  • 大火資料室: 1921年(大正10年)の大火の熱で焦げた柱や部材が保存されている。

土蔵

敷地北側に位置する土蔵は、度重なる大火から家財を守るため、30cmに及ぶ厚い漆喰壁と4重の扉による厳重な防火構造がとられている[9][10]

展示と公開

2026年の宿泊施設としての再開業後も、主屋の一般公開は継続される予定である[7]

交通アクセス

脚注

外部リンク

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