旧齋藤邸

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構造形式 木造平屋建、茅葺
建築面積 130 m²
竣工 明治中期
所在地 270-2221
千葉県松戸市紙敷588
旧齋藤家住宅主屋
旧齋藤邸 主屋
旧齋藤邸の位置(千葉県内)
旧齋藤邸
情報
構造形式 木造平屋建、茅葺
建築面積 130 m²
竣工 明治中期
所在地 270-2221
千葉県松戸市紙敷588
座標 北緯35度46分25.11秒 東経139度56分15.18秒 / 北緯35.7736417度 東経139.9375500度 / 35.7736417; 139.9375500 (旧齋藤家住宅主屋)座標: 北緯35度46分25.11秒 東経139度56分15.18秒 / 北緯35.7736417度 東経139.9375500度 / 35.7736417; 139.9375500 (旧齋藤家住宅主屋)
文化財 国の登録有形文化財(建造物)
指定・登録等日 2017年6月28日登録
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旧齋藤邸(きゅうさいとうてい)は、千葉県松戸市紙敷にある1901年(明治34年)に建てられた古民家。「旧齋藤家住宅主屋」が国の登録有形文化財(建造物)に登録されている。

主屋は1901年(明治34年)に建てられ、当初は小作人を抱えて農業を営む家の所有だった[1]。立派な門を構え、庭園では竹林のほか梅や松など四季折々の植物が植えられており、松戸市でも数少ない古くからある地域の光景をみることができる[2][3]

芝浦工業大学工学部教授だった齋藤雄三は1964年(昭和39年)にこの土地と家屋を買い取り、1969年(昭和44年)に同地に転居した[4]。その後、主屋の増築や庭の整備が行われたことにより、紙敷地区の典型的な農家の建築様式のなかに近代和風建築の要素を随所に感じることのできる建物となっている[3]

齋藤雄三が亡くなった後、1998年(平成10年)には当時の所有者であった妻で東京家政大学教授の齋藤トシより、生涯学習や文化の発展に資することを目的として、家屋および庭園の保存と自身の居住を条件に松戸市へ寄贈された[2][3][4]

2017年(平成29年)、旧齋藤邸は松戸市初の「国登録有形文化財(建築物)」に登録された[5]

建築

紙敷地区の典型的な農家の建築様式を踏襲したもので、主屋の構造は梁間4.5間、桁行7間で、寄棟造、茅葺[6]。西側に式台付き玄関、全面に広縁がつき、建物の東側は台所・食堂等を含む入り母屋造、瓦葺の建物が増築されている[7]

離れは1909年(明治42年)に建築、76㎡の茅葺屋根がある建物[8]で齋藤雄三が住んでいた時は、大学の学生たちを住まわせ「松戸寮」として使われていた[1]

庭園

齋藤雄三が1969年に土地と建物を入手したのち、5年をかけて整備された。その後もより自然に近い庭園を理想にかかげながら手入れを続けられた[9]。現在も庭園には梅の古木が2本あり、樹齢200年を超えている。1本は庭園の正面にあり、もう1本は庭の東側にある[10]。他にも、松、椿、コブシ、サルスベリ、柿、花桃がある[11]

施設の活用

旧齋藤邸は生涯学習の場として利用されており、敷地内の離れに竹紙工房がある[12][13]。竹紙工房では主屋北側の竹林の竹を利用した竹紙作り体験もできる[14][15]

ユニークべニュー

文化庁による地域の文化財を活用したユニークべニューの一環として[16]、2023年には沖縄音楽のコンサート[17]、2025年には能の講座や文化財防火デーの消防訓練などが行われている[18]

関連人物

  • 水上勉 - 竹紙つくりを推奨した[19]
  • 齋藤雄三(1902年-1994年)- 芝浦工業大学工学部機械工学第二学科 教授[20]
  • 齋藤トシ(1917年-2013年)- 齋藤雄三の妻 東京家政大学教授 当住宅を寄贈した[20]

アクセス

脚注

外部リンク

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