早崎文司

From Wikipedia, the free encyclopedia

生年月日 (1929-02-13) 1929年2月13日
没年月日 (1996-03-28) 1996年3月28日(67歳没)
出生地 日本の旗 日本・広島県
職業 俳優
はやさき ぶんじ
早崎 文司
生年月日 (1929-02-13) 1929年2月13日
没年月日 (1996-03-28) 1996年3月28日(67歳没)
出生地 日本の旗 日本・広島県
職業 俳優
ジャンル テレビドラマ映画
活動期間 1954年 - 1996年
主な作品
3年B組金八先生』シリーズ
テンプレートを表示

早崎 文司(はやさき ぶんじ、1929年2月13日[1] - 1996年3月28日)は、広島県出身の俳優

大阪経済大学卒業[1]

1954年、宝塚新芸座に入る[1]。星野事務所所属。

1950年代から関西の映画、舞台、テレビに出演していた。古くから交流のあった夢路いとし・喜味こいしには「あごなし」とあだ名を付けられていた。

1979年に放送がスタートした『3年B組金八先生』では神経質で事なかれ主義の管理職として野村孝一郎教頭役(第4シリーズでは校長)で当たり役を得る。金八先生に小言を言うシーンはドラマの名シーンとなり、実生活でタクシーに乗った際に運転手から「あんまり金八さんをいじめないでよ」と言われた。

第4シリーズ放送時には体調を崩しており、病気がちという設定で補聴器をつけながら出演した。第4シリーズ最終回放送当日の1996年3月28日に死去[2]67歳没

他にも必殺シリーズでの藤田まこと演じる中村主水の上司役や、フランキー堺の赤かぶ検事奮戦記シリーズでの刑事役がある。

映画

テレビドラマ

脚注

Related Articles

Wikiwand AI