明台寺
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寺伝によれば、嵯峨天皇の在位のころ(弘仁年間という)、現在の大垣市墨俣町上宿にあった墨俣川(現長良川)の古い木橋の橋脚が夜に光っているのが見つかる。調べてみると、長年の風水を受けてあたかも地蔵菩薩像のようになっており、これを草庵にお祀りしたのが始まりという。この像を小野篁が彫り、立派な地蔵菩薩像としたという。
939年(天慶2年)、朱雀天皇の勅使がこの地を訪れた際、この地蔵菩薩の由来を聞き、地蔵菩薩像の前で和歌を詠うと、この地蔵菩薩像の口元が微笑んだという。このことからこの地蔵菩薩像を「橋杭笑地蔵菩薩」というようになったという。
1126年(大治元年)、覚鑁がこの地を訪れ、清光山 密厳院 明台寺として、真言宗(新義真言宗)の寺院として開山する。
文化財
所在地
- 岐阜県大垣市墨俣町墨俣寺町225