東京市蒲田区萩中(現・大田区萩中)に生まれる。荏原中学校、国勢院統計講習所を経て、1922年(大正11年)4月、中央大学法律科正科を卒業する。社会局、復興局、社会局保健部管理課を経て、1931年(昭和6年)7月、地方理事官に進み、福島県、三重県と転々とする。ついで1935年(昭和10年)4月、沖縄県宮古支庁長に就任した。
のち渡台し、1939年(昭和14年)4月、台湾総督府地方理事官に任ぜられ、台中州竹山郡守となり、ついで台東庁総務課長を経て、1942年(昭和17年)4月、宜蘭市長に就任した。ついで高雄の食糧営団長となった。