蒲田区
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歴史
旧蒲田区に該当する区域は、1878年(明治11年)の郡区町村編制法施行の時点では、荏原郡に属し、蒲田新宿村(単に「新宿村」とも)、北蒲田村、御園村、女塚村(おんなづかむら、おなづかむら)、八幡塚村(はちまんづかむら)、高畑村、雑色村(ぞうしきむら)、町屋村、古川村、羽田村、羽田猟師町、鈴木新田、麹谷村(こうじやむら)、浜竹村、下袋村、萩中村、矢口村、古市場村、下丸子村、道塚村、蓮沼村、今泉村、原村、小林村、安方村の1町24村があった。このうち麹谷村、浜竹村、下袋村は1879年(明治12年)に合併して新たな麹谷村となり[3]、この区域の町村数は1町22村となった。
1889年(明治22年)の市制町村制施行に際し、これら1町22村は廃置分合され、荏原郡蒲田村、六郷村、羽田村、矢口村の4村に編成された。
羽田村は1907年(明治40年)、蒲田村は1922年(大正11年)、六郷村と矢口村は1928年(昭和3年)、それぞれ町制を施行し、羽田町、蒲田町、六郷町、矢口町となった[4]。
沿革
行政
市會議員は増員選擧も總選擧の場合も同じく定數二名で、區會議員は定員三十六名の豫定である。 — 1932年刊『市域拡張記念 大東京概観』より
歴代区長
| 代 | 氏名 | 就任年月 | 退任年月 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 戸室康吉 | 1932年(昭和7年)10月 | 1933年(昭和8年)11月 | 蒲田区発足 |
| 2 | 加藤守道 | 1933年(昭和8年)11月 | 1936年(昭和11年)10月 | |
| 3 | 三宅亀吉 | 1936年(昭和11年)10月 | 1938年(昭和13年)12月 | |
| 4 | 松倉恒次郎 | 1938年(昭和38年)12月 | 1940年(昭和15年)12月 | |
| 5 | 栗田敏 | 1940年(昭和15年)12月 | 1942年(昭和17年)9月 | |
| 6 | 増田武雄 | 1942年(昭和17年)9月 | ||
| 不詳 | 好士金之助 | 1946年時点 |
名所・施設
交通
鉄道
- 国鉄(現JR東日本)
- 東海道本線(京浜線(現京浜東北線)) : 蒲田駅
- 京浜電気鉄道(→東京急行電鉄(大東急)、現京浜急行電鉄)
- 目黒蒲田電鉄(→東京横浜電鉄→東京急行電鉄(大東急)、現東急電鉄)
- 池上電気鉄道(→目黒蒲田電鉄→東京横浜電鉄→東京急行電鉄(大東急)、現東急電鉄)
羽田整備場駅(現整備場駅)、旧・東京モノレールの羽田駅(廃駅)(東京モノレール羽田空港線)、新・羽田駅(現天空橋駅)(京急空港線、モノレール羽田空港線)は開業していなかった。なお、蒲田区域内に羽田空港第3ターミナル駅(京急空港線、モノレール羽田空港線)、新・京浜急行の羽田空港駅(現羽田空港第1・第2ターミナル駅)(京急空港線)および新整備場駅、東京モノレールの羽田空港駅(現羽田空港第1ターミナル駅)、羽田空港第2ターミナル駅(モノレール羽田空港線)が、そして蒲田区域周辺に昭和島駅(モノレール羽田空港線)があるが、蒲田区が存在していた頃は駅周辺の土地の埋め立てが完了していなかった[16]。