明石元長の子で、陸軍大将明石元二郎の孫にあたる。上皇とは学習院初等科以来の親友で、太平洋戦争時には一緒に日光に疎開した。高等科時代には馬術部のチームメートで、お互いにあだ名で呼びあうほどの仲であった[2]。それらの経験から上皇との親交のエピソードを数々の書籍によって著してきた。しかしながら2019年、眞子内親王と小室圭との結婚問題や昭和天皇の喪中にもかかわらず秋篠宮が婚約を発表されたことなどを例に挙げ、皇室が「公」より「私」を優先させるようになられたことを懸念し、学習院初等科の同窓会に欠席することで上皇陛下に対し週刊誌上で「絶縁宣言」を行った[2]。
画藻に恵まれ、門田隆将の事務所に飾られている金門島の馬山観測所を描いた作品は明石の作品である[3]。
父・元長が国共内戦の古寧頭戦役における作戦指導で活躍した元陸軍中将根本博らの台湾密航計画を支援した縁から、2009年10月25日の古寧頭戦役60周年式典に招待された[4]。