星吉昭
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宮城県栗原郡若柳町(現:栗原市)出身。1971年、ビクター電子音楽コンクールでグランプリ受賞。1980年、姫神せんせいしょん結成。翌年、シングル『奥の細道』でレコード・デビュー。シンセサイザーで表現した日本の原風景的音楽で注目を集める。
大学時代を東京で過ごしていた頃は、ディキシーランド・ジャズに傾倒していた。帰郷後、南部牛追唄をシンセサイザーで演奏できないかという発想を契機に、姫神せんせいしょんを結成する。
1984年、ユニット名を姫神と改め、ソロ・ユニットとして活動を始める。活動の拠点を岩手県和賀郡東和町(現:花巻市)の田瀬湖畔に置き、黒人霊歌に掛けて名付けた自らの音楽「北人霊歌」を発信し続ける。
2003年、東北地方の音楽を世界に発信することを目的として、レコード・レーベル「ノースジャパンレコード」を設立する。
2004年10月1日、58歳で心不全のため岩手県内の病院で死去[1]。その後、姫神は息子の星吉紀が引き継ぎ、活動を継続している。
人物
- ファンに対して非常に気さくに接することで有名である。
- あるファンがサインをもらおうとしてデビュー作である「奥の細道」のレコードジャケットを持って楽屋を訪ねたところ、「おお、買ってくれたのか。ありがとう。」と握手をした、というエピソードがある。
- 幼少の頃、父親に連れられて生まれて初めて海を見に行った時、台風接近で海が荒れており、それ以来、海に対しては「怖い」というイメージしかなかったという。「海道を行く」などの海をモチーフにした作品は、ほとんど星や空をイメージして作っていたという。
- レコーディングを行う環境に大きく影響を受けることがある。
- デビュー曲「奥の細道」は、東京で録音したシングルバージョンの方が、盛岡で録音したアルバム『奥の細道』のバージョンよりもテンポが速い。
- 真冬の山荘で録音された「遠野」には張り詰めた雰囲気が漂っているのに対して、同じ山荘で初夏に録音された「姫神」は、明るく開放的な雰囲気を持っている。
- 使用してきたシンセサイザーは、一台も手放すことなく全てスタジオに所有していた。