昭和村立昭和中学校 (群馬県)

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国公私立の別 公立学校
設置者 昭和村
併合学校 昭和村立東中学校
昭和村立南中学校
校訓 凡事徹底 プラス思考
昭和村立昭和中学校
北緯36度37分38.99秒 東経139度3分31.78秒 / 北緯36.6274972度 東経139.0588278度 / 36.6274972; 139.0588278座標: 北緯36度37分38.99秒 東経139度3分31.78秒 / 北緯36.6274972度 東経139.0588278度 / 36.6274972; 139.0588278
国公私立の別 公立学校
設置者 昭和村
併合学校 昭和村立東中学校
昭和村立南中学校
校訓 凡事徹底 プラス思考
設立年月日 1990年4月1日
共学・別学 男女共学
学期 3学期制
学校コード C110210001372 ウィキデータを編集
設計者 森建設設計研究所
所在地 379-1206
群馬県利根郡昭和村大字橡久保488番地の1
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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昭和村立昭和中学校(しょうわそんりつ しょうわちゅうがっこう)は、群馬県利根郡昭和村にある公立中学校

昭和村橡久保地区の県道255号線沿いに位置する[1]。昭和村唯一の中学校であり[2]、村の全域を学区とする[3]。また、沼田市立多那小学校の卒業生も入学する。[要出典]

生徒数は184人で、うち特別支援生徒は12人。各学年2学級編成(いずれも2024年度)[4]

将来的に小学校3校(東小学校南小学校大河原小学校)と共に新設の義務教育学校へ統合される予定である[5]

以前までマラソン大会のコースが昭和村総合グラウンドの周りであったが現在は昭和中の外周コースを走る形に変わった。


沿革

前史

昭和中学校の起源は1990年に東中学校と南中学校を統合したことによる[6]。前身の2校は共に1947年の学制改革を起源とする、旧村毎に置かれていた中学校である[7]

第二次世界大戦終結後の1947年、従来の教育課程を抜本的に改編する学制改革の一環として、国民学校高等科に代わる新たな3年制の新制中学校を村単位で設置することとなり、現在の昭和村の前身である糸之瀬村久呂保村において1947年4月19日にそれぞれ開校した[7][8]

東中学校

昭和村立東中学校は糸之瀬村立糸之瀬中学校として、生徒198人、5学級で開校した[10]校舎は大字糸井1774番地の陸軍第41部隊から払い下げられた赤城廠舎を転用したものであった[10]

1958年11月1日に糸之瀬村と久呂保村が新設合併して昭和村が成立し、同時に校名を昭和村立東中学校へ改称した[11]

閉校後、跡地には石碑が残されている[12]

南中学校

昭和村立南中学校は久呂保村立久呂保中学校として、生徒276人、7学級で久呂保小学校(現在の東小学校)校舎を間借りして開校した[13]。5月21日には開校式を挙げ、この日を開校記念日とした[14]。翌1948年2月8日にはPTAを設立した[14]

糸之瀬中学校とは異なり校舎を間借りする形を取った久呂保中学校も、1948年3月16日より独立校舎の整備に着手[14]。翌1949年に竣工し、3月23日より新校舎での授業を開始した[14]。総工費は220万円[14]。校舎完成に際し、3月28日には新校舎落成式を行った[14]

1958年11月1日に糸之瀬村と久呂保村が新設合併して昭和村が成立し、同時に校名を昭和村立南中学校へ改称した[15]

アクセス

自動車

  • 昭和村役場から県道255号線経由で2分

バス

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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