曲承美 From Wikipedia, the free encyclopedia 曲 承美(きょく しょうび、生没年不詳)は、五代十国時代の静海軍節度使。 漢字・チュノム: 曲承美北部発音: クック・トゥア・ミー日本語読み: きょく しょうび概要 曲承美, 各種表記 ...曲承美各種表記漢字・チュノム: 曲承美北部発音: クック・トゥア・ミー日本語読み: きょく しょうびテンプレートを表示閉じる 生涯 貞明3年(917年)に父の曲顥が死去すると静海軍節度使を継ぎ、後梁からその地位を認められた。かねてから交趾を欲していた南漢の高祖劉龑は曲承美に臣従するように迫ったが、曲承美は南漢を「偽廷」と罵って拒否したため、劉龑の怒りを買った。 長興元年(930年)[1]、李守鄘・梁克貞ら率いる南漢軍に交趾を攻撃され、敗れた。捕らえられた曲承美は広州に連行されて、劉龑の前に引き出された。平伏する曲承美に対して劉龑はその罪を許した。劉龑は李進を交州刺史に任じて交趾をその支配下に置いた。 脚注 [1]『新五代史』による。『大越史記全書』では同光元年(923年)のこととしている。 先代曲顥 静海軍節度使917年 - 930年 次代滅亡 この項目は、中国の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:中国/P:歴史/P:歴史学/PJ中国史)。表示編集この項目は、ベトナムに関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Portal:東南アジア / プロジェクト:アジア)。表示編集 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks