更木陣屋
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清和源氏土岐氏あるいは東漢姓坂上氏の流れを汲む旗本徳山氏の所領地は美濃国大野郡徳山郷(旧岐阜県揖斐郡徳山村、現揖斐川町)であるが、美濃国各務郡西市場、山後、霧野、岩池、大島、島崎、野口など(現各務原市那加地区、蘇原地区)も所領していた。この地を治めるための陣屋である。
設置当初の陣屋の名は不明である。更木陣屋の名は、この地域を更木郷と呼ばれるようになってからという。
戦国時代に織田信長の武将柴田勝家、前田利家に仕えていた徳山則秀は、1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いでは徳川家康に仕え、功績をあげる。この功績により、徳山則秀は旗本として、出身地の徳山郷と各務郡を所領する。本拠地は徳山郷としたため、各務郡を治めるために、1600年(慶長5年)に各務郡西市場に陣屋を設置する。陣屋の建物などの配置は、江戸時代に描かれた「更木陣屋絵図」で判明している。
