曽野恵子
From Wikipedia, the free encyclopedia
- 1976年、ネオン街音楽祭オリコン賞受賞 作詞家 もず唱平からスカウトされる。同年、ミノルフォンレコードより(芸名 丘 ゆり子)「過去ある二人」「涙町」でデビュー。NHK新人オーディショントップ合格、TBS新人オーディション合格。
- 1977年、一身上の都合により一時休業。
- 1986年、クラウンレコードより芸名改め 曽野恵子で再デビュー。
- 1989年、キングレコードに移籍。
- 1990年から約30年に渡り、毎年2回西成釜ヶ崎(あいりん地区)の三角公園のステージに出演していた(8月:釜ヶ崎夏祭り、年末:釜ヶ崎越冬闘争)。
- 1992年、「毎度おおきにもやしちゃん」でキングレコードヒット奨励賞を受賞。恩師のもず唱平作詞のデビュー作「釜ヶ崎人情」(作曲 三山敏 歌 三音英次 1967年)をリメイクして発売。
- 1993年、二代目「通天閣の女王」を襲名披露し、各メディアに取り上げられる。
- 1994年、CM(某引越しセンター、カラオケブルートレイン、クラブホールイン)出演。
- 2002年、FM82.0(FMあまがさき)「曽野恵子のふれあい歌謡曲」開始。同番組のDJを9年間務める。
- 2003年、新聞紙上にて【通天閣ものがたり】連載。
- 2013年、10月〜?『演歌ジャックス』にレギュラー出演。
- 2015年、7月28日からマルマンシアターにて開催された歌謡ショー「通天閣の歌謡劇場」に2018年10月21日迄100回公演出演。
- 2018年10月30日、逝去。2014年6月より慢性リンパ性白血病で闘病中だった。
- 2018年11月19日に道頓堀ホテルにて偲ぶ会、2018年12月31日に三角公園にて追悼式が行われた。