望月彦男
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東海大第一高校から、社会人野球のいすゞ自動車に入社。同時に肩の強さを買われて、一塁手から投手に転向した。
1964年、電気化学に移籍し8年間在籍して公式戦150試合に登板。防御率1.59、463奪三振を記録。左腕であるゆえにボールをかつぐクセがあるが、これが欠点にならずに変則モーションとして打者のタイミングを狂わせた。重い速球と切れのよいカーブやシュートを武器にして、エースとして活躍。1969年の都市対抗1回戦では延長16回を投げ切って引分け再試合となり、続けて先発すると7回途中まで投げるも降板[1]。電気化学野球部が解散となった1971年に退社。
西鉄ライオンズが即戦力としてマークしており、1971年のプロ野球ドラフト会議で6位指名を受け入団。