朝酌岩屋古墳
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位置
北緯35度27分42.38秒 東経133度6分13.00秒 / 北緯35.4617722度 東経133.1036111度座標: 北緯35度27分42.38秒 東経133度6分13.00秒 / 北緯35.4617722度 東経133.1036111度
形状
不明(方墳?)
埋葬施設
出雲型石棺式石室
| 朝酌岩屋古墳 | |
|---|---|
|
墳丘・石室開口部 | |
| 所在地 | 島根県松江市朝酌町(字岩屋屋敷) |
| 位置 | 北緯35度27分42.38秒 東経133度6分13.00秒 / 北緯35.4617722度 東経133.1036111度座標: 北緯35度27分42.38秒 東経133度6分13.00秒 / 北緯35.4617722度 東経133.1036111度 |
| 形状 | 不明(方墳?) |
| 埋葬施設 | 出雲型石棺式石室 |
| 築造時期 | 6世紀代 |
| 史跡 | なし |
| 地図 | |
遺跡歴
埋葬施設

石室俯瞰図

石室展開図
埋葬施設としては出雲型石棺式石室が構築されており、南方向に開口する。石室の規模は次の通り[1]。
- 石室全長:約5.4メートル
- 玄室:長さ1.9メートル、幅3.1メートル、高さ2.1メートル
- 羨道:長さ3メートル、幅1メートル、高さ1.5メートル
玄室は石室主軸に直交する横長の平面形で、長側辺に平入りで羨道が接続する。石室の石材は流紋岩質軽石火山礫凝灰岩(荒島石)で[2]、大型の切石が使用される。玄室の奥壁は上部に小型の切石を積み、側壁は一枚石である。前壁には切石3枚を組み合わせており、玄門部の周囲には閉塞石を受けるための刳り込みを施し、床には梱石を置く。羨道部も切石を立てて構築され、羨門部には板石による閉塞石(一部残存)を設ける[1]。
平入りの横長長方形の玄室平面形の点、玄門が複数の石材で構成される点で、定型化前の古い段階の石棺式石室と位置づけられる。朝酌地域の石棺式石室としては、朝酌岩屋古墳→朝酌小学校校庭古墳→阿弥陀寺古墳の築造順と推測され、山代二子塚古墳→山代方墳→山代原古墳(永久宅後古墳)と変遷する出雲東部最高首長層の山代・大庭古墳群との関係性が注目される[2]。
- 玄室西壁
- 玄室奥壁(北壁)
- 玄室東壁
- 玄室前壁(南壁)
- 羨道(開口部方向)
- 羨道(玄室方向)
- 開口部