木和田安逵 From Wikipedia, the free encyclopedia 木和田 安逵(きわだ やすき、生没年不詳)は、南北朝時代の人物。菅沼氏の祖と伝わるが、記録によっては駿河大森氏の祖とも伝わる。 土岐満貞の子として生まれる。兄には島田満名(島田氏の祖)がいる。母は不明。父の満貞は明徳2年/元中8年(1391年)の明徳の乱の際に「内野の合戦」において卑怯な行動をとったとして守護職を罷免されてしまい、以降尾張守護職は土岐氏の手から離れることになったという。その後の消息は不明であるが三河に逃れて、子孫は菅沼を名乗ったという[1]。 系譜 父:土岐満貞 母:不明 兄:島田満名 妻:不明 男子:菅沼定直 出典 『武家家伝』菅沼氏[要文献特定詳細情報] 『菅沼系図』 脚注 ↑ “寛政重脩諸家譜. 第2輯 - 国立国会図書館デジタルコレクション”. dl.ndl.go.jp. 2021年6月22日閲覧。 Related Articles