大森氏
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出自について
伊予大森氏
常陸国の大森氏

常陸国の佐竹氏の家臣に大森氏を称する一族が存在する。佐竹氏家中の大森氏には源氏を祖とする家系、藤原氏を祖とする家系がある。藤原氏流の大森氏については、佐竹氏重臣 小野崎氏の家臣であり、小野崎通経により家老に列せられた[11]。家老の筆頭は大森氏となし、瀧氏、天龍氏、石佐氏、波氏、茅根氏、赤須氏らの家老衆が構成された[注釈 1]。家紋は丸に本の字、丸に巴の字、丸に木瓜など[13]。
尊王志士として活動した大森氏
なお、常陸国において大森姓を有する者の中には幕末の尊王志士・義民として活動した者があり、以下に列記する。
- 大森総衛門 - 諱は近中、水戸藩士。大番組。福地朝陳の子で大森近芳の養子。天狗党の乱に与し、元治元年(1864年)、
下獄 ()する。重病のため帰宅し、慶応2年(1866年)9月19日、死去。享年78。明治維新後、靖国神社に祀られる[14]。 - 大森清四郎 - 諱は正巳。常陸国那珂郡上大賀村大江守。鷹巣村里正。元治元年(1864年)9月、久慈郡中染村の戦いで入獄し、重病のため慶応2年1月11日死す。享年44。靖国神社合祀[15]。
- 大森藤兵衛 - 那珂郡高部村の百姓。山横目格。天狗党に加わり捕らわれ、元治元年(1864年)、江戸佃島に移され、慶応2年6月16日、獄死する。享年24(27とも)。靖国神社合祀[16]。
- 大森彦重 - 諱は道義。那珂郡長倉村組頭兼野田村里正。元治元年、天狗党に加わり筑波山に拠り、筑波勢として転戦後、江戸に潜伏中のところを捕縛され、明治元年(1872年)、水戸で獄死。享年55。靖国神社合祀[17]。