木村圭吾 (行司)

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木村 圭吾(きむら けいご、本名:山田健、1971年12月22日 - 1995年1月7日)は、二子山部屋に所属していた大相撲行司であった。最高位は幕下格。長野県飯田市出身[1]

1987年3月、二子山部屋に入門[1]。3月場所で初土俵を踏む[1]

1993年1月場所幕下格昇進[1]巡業の先発の書記や場内放送などを担当した[2]

1994年5月場所5日目、三段目の雷王-竜風戦で5回にわたって取り直すという珍事が起こった取組を裁いた。これは現行制度における取り直しの最多回数の記録となっている。この取組の詳細は物言い#平成時代参照。

1994年12月30日午前2時過ぎ、中野区の二子山部屋で門限に遅れて締め出されたため、その部屋の2階から入ろうとしたが転落し、その際に頭を打ち、意識不明となった。都内の病院に搬送され、頭蓋骨骨折と脳内出血による緊急手術を受けたが、意識不明で重体の状態が続いた[1]

年が明けて1月場所初日前日の1月7日に脳挫傷のため23歳で死去した[1]。翌日葬儀が行われ[1]立行司29代木村庄之助が行司代表として弔辞を読んだ[2]。この日は庄之助として初めて土俵に上がった日でもあった。

履歴

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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