木村彰一
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- 出生から修学期
1915年、ドイツ文学研究者・木村謹治の長男として秋田県五城目町で生まれた[2][1]。東京帝国大学言語学科に入学し、八杉貞利にロシア語を学んだ。1937年に東京帝国大学言語学科を卒業。
- ロシア文学研究者として
1941年、東京外事専門学校(現・東京外国語大学)教授に就いた。1947年、北海道帝国大学文学部助教授に着任し、ロシア語学科を創設。1952年に教授昇進。1955年から北海道大学附属スラヴ研究施設長。1957年、東京大学文学部助教授となった。1961年から1年間、ポーランドに研究留学。帰国後の1962年、東京大学教養学部教授に昇進した。1966年、教養学科ロシア分科創設に伴い主任となる。1972年、文学部にロシア文学科が創設されると主任教授となり、同時に比較文学比較文化専攻課程主任をつとめた。1974年に東京大学を退官し、名誉教授となった。その後は早稲田大学教授として教鞭をとった。1986年に死去。
受賞・栄典
- プーシキン・メダルを授与された。