池田健太郎

From Wikipedia, the free encyclopedia

池田 健太郎(いけだ けんたろう、1929年5月19日 - 1979年11月7日)は、日本のロシア文学者

愛知県生まれ。本名・豊。東京大学仏文科卒業、同大学院比較文学比較文化専攻修士課程修了。立教大学講師、東大助教授を務めたが、1969年大学紛争により退職、書籍編集局次長扱いで中央公論社に入るが翌年退職。1975年『プーシキン伝』により読売文学賞受賞、1979年『「かもめ」評釈』により芸術選奨新人賞を受賞したが、同年11月急逝した。享年50。

人物

在学中より、作家でもある神西清に師事。プーシキンを研究、また神西と共訳でスローニム『ロシア文学史』、ツルゲーネフ『散文詩』などを訳した。神西清は、晩年個人訳で『チェーホフ全集』を進めていたが中途で病没、その訳業を原卓也と共に引継ぎ、完成させた。 他にドストエフスキーの後期作品を翻訳し、学者としても長いとは言えない生涯だったが、多くの業績を残した。

池田健太郎賞が創設され、清水孝純が第1回(1982年)を受賞している。

著書

翻訳

参考

Related Articles

Wikiwand AI