末松謙一 From Wikipedia, the free encyclopedia 生誕 (1926-03-02) 1926年3月2日死没 (2023-09-14) 2023年9月14日(97歳没)出身校 東京大学職業 銀行家すえまつ けんいち末松 謙一生誕 (1926-03-02) 1926年3月2日死没 (2023-09-14) 2023年9月14日(97歳没)出身校 東京大学職業 銀行家 テンプレートを表示 末松 謙一(すえまつ けんいち、1926年(大正15年)3月2日[1] - 2023年(令和5年)9月14日)は、日本の経営者。 三井銀行(現:三井住友銀行)社長、さくら銀行(現:三井住友銀行)頭取・会長を歴任し、三井住友銀行名誉顧問(2003年[2] ー死去まで[3])。その他、公益財団法人三井文庫代表理事・理事長を務めた[4]。 明治から大正にかけて活躍し、逓信大臣、内務大臣などを歴任した政治家・末松謙澄の大甥(謙澄の弟・凱平の孫)[5]。 東京大学卒業後、1948年帝国銀行(のちの三井銀行)に入社し、1976年に取締役となる[1]。1988年には代表取締役社長に就任した[6]。三井銀行の社長として太陽神戸銀行頭取の松下康雄と共に両行の合併を進め、1990年太陽神戸三井銀行(後のさくら銀行)の初代頭取に就任し[7]、1991年から1992年まで全国銀行協会連合会会長を務めた[8]。1994年にはさくら銀行の会長となり、経団連副会長も務めた[1]。1997年には相談役に退くが、その後も常任顧問、合併後の三井住友銀行特別顧問、名誉顧問を歴任している[6]。このほか、三井生命(現大樹生命)の社外取締役[6]、ソニーの社外取締役などを務めた[9]。 2023年9月14日午後11時33分、老衰のため死去[3]。97歳没。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 末松謙一(コトバンク) ↑ (参考)当社の顧問制度について(三井住友フィナンシャルグループ) 1 2 “末松謙一氏死去 元さくら銀行頭取”. 時事ドットコム (2023年9月19日). 2023年9月19日閲覧。 ↑ 役員(三井文庫) ↑ ふるさと歴史シリーズ「北九州に強くなろう」No.09 末松謙澄(西日本シティ銀行) 1 2 3 三井生命保険株式会社第60期有価証麺報告書P77 ↑ 松下康雄氏死去 志半ばで総裁の座退く 危機脱却、日銀改革に尽力(産経新聞 2018年7月25日 2020年8月14日閲覧) ↑ 渋沢社史データベース『三井住友銀行十年史』(渋沢栄一記念財団) ↑ 当社 取締役および監査役 ならびに執行役員、コーポレートリサーチフェローの選任について(ソニー 2001年6月21日 2020年8月14日閲覧) 先代末松謙一(三井銀行)松下康雄(太陽神戸銀行) 太陽神戸三井銀行・さくら銀行頭取1990年 - 1994年 次代橋本俊作 先代端田泰三 全国銀行協会連合会会長1991年 - 1992年 次代若井恒雄 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。表示編集 Related Articles